第9話 宴

扉を開けると、昼は閑散としていた酒場は満員御礼と化していた。

「俺が加入した時には人材不足と聞いていたが、なんだ、この人数は…」

そう訝しんでいると、

「あんた達のおかげだよ!」

とお頭がフランクに俺の肩を叩きながら言う。

D級クエストのクリア者が出るとギルドに箔が付く旨は昼に聞いていたが、そうなると加入希望者も増える。ここにいる者の大半が今日加入した冒険者だとのことで「現金な話だなぁ。」と世知辛さを感じる。

ともあれ、今日は俺と沢山の新人の歓迎会兼ギルド躍進の立役者である俺達の凱旋パーティーということだ。


俺達がそれぞれの飲み物を手に取ると乾杯の音頭が取られる。するとワッと人が集まり、揉みくちゃにされる。特にルージュの周りの人だかりが凄い。


「姐さん、姐さんならやってくれるって信じてました!」

「この金の指輪…パワーリングですか?凄いです!」

「一体どんな依頼を達成したんですか?」


口々にルージュに質問を投げかけると、ルージュは飲み物(多分酒)をグイッと飲み干し、武勇伝を語り始める。

「巨大なオーガの棍棒を受けた時、アレは3回は死んだと思ったね!」

などと楽しそうに語るルージュを見て、「いや、人は3回も死ねない」と心の中で突込みを入れたが、まぁ放っておいても大丈夫だろう。


リリカの周りもなかなかの人だかりだ。ルージュの周りはいかにも荒くれといった人相が多かったが、こちらには穏やかで筋肉量が乏しい、いかにも魔導士や僧侶の見習いといった人が多い。

「私もリリカさんのような魔導士を目指します!」

などと言われて照れながらも「ふふん、頑張りなさい。」などと返す姿が微笑ましかった。


その2人に比べるとナッシュの周りは人が少ない。

「俺たちはナッシュ兄に付いて行くんで!」

など、掛けられている声も重たいものが多く、付き合いの長いメンバーが多そうだ。


「なるほど、これが指輪格差か。」

そう俺は理解した。元から仲の良いメンバーではない、特に今日入ったようなミーハーな新入りは全員ルージュとリリカの方へ流れたのだろう。

その証拠に、新入りとはいえ、同じパーティーの俺の周りには驚くほど人が集まって来ない。

元がコミュ障気味の俺はこのぐらいがちょうど良いが、舎弟のような反応を示すメンバーに今日の武勇伝を語るナッシュはもっと持ち上げられたいに違いない。

「明日必ずリングを買ってやるからな。」そう強く決心した。


…何を隠そう、俺は宴会で孤立する才能には多少の自信がある。

皆の様子を確認すると、気配を消し人混みから離れて食事に集中する。

種々の肉を焼いたもの、パン、サラダといった単純なラインナップだったが、肉の味はまぁまぁだった。ちゃんと温かいし、会社主催の立食パーティーでこのぐらいの内容だったらかなり満足するだろう。

ギルドのランクを上げていけば飯のランクも上がるのだろうか。そんなことを考えて、若干の期待を抱いてしまった。


そうこうしていると、

「やっぱりこのパーティーのリーダーはルージュさんなんですか?」

などという質問にルージュが「いや、多分…あいつだ!」と答えたせいで捕捉されてしまう。その瞬間、俺の平和な立食パーティーは終焉を迎え、質問の豪雨を浴びせかけられた。



§§§§§§



時間が流れ、人が減って来ると仲間が集まって来た。

そうすると、リリカが決心したように口を開く。


「ねぇ…あんた、魔法に名前付けないの?」

そういえば、リリカは魔法を行使する時に「フレイムアロー」と唱えている。

曰く、魔法に名前を付けることでイメージを固め、出力を安定させているとのことだ。伊達や酔狂で唱えているわけではなかったようだ。


「…今は困ってないが、魔法を唱えてくれると仲間が何をしたのか判断しやすくて助かるな。」

なるほど。ナッシュの言い分は説得力がある。

俺自身は魔法を行使するために唱えるメリットは無さそうだが、仲間のためなら仕方ない。

…そう、これは仕方ないんだ。別に俺自身は中二病満開の魔法を唱えたいわけじゃない。


「なるほど。二人の言い分は解った。守りの加護ウォールブレスなんてどうだろう。」

ナッシュがホッとした表情になる横で、リリカは「やるじゃない。」という顔をする。…やっぱり、好きでやってるんじゃないか?リリカは。


「んー、それもいいけどさ。あんた、一体何者なんだい?」

話が一段落すると、口に入れていたものを飲み込み、ルージュが問う。問うた傍から肉に齧りつくその姿からは、本当に気になっているのか疑問になるところはあるが、ナッシュとリリカは身を前に乗り出し、固唾を呑んで傾聴していた。


「…俺自身明確な答えは持ってないんだが、多分異世界から来た人間だ。」

今後もこの世界の常識を仲間に聞くことは多いだろうし、過去話に花を咲かせることがあったら不自然になる。記憶喪失との2択に悩んだが、割と正直に答えることにした。嘘ではないからこう答えておけば変なことを気にしなくて良いだろう。


「…そんな話聞いたことないけど、なんか逆に納得行くわね。」

リリカがそう言うと、他の仲間も頷く。

…俺以外にも多分100人ぐらいいて、そいつらと殺し合いをするつもりだということはまだ伝えなくても良いだろう。

宴で仲間との距離が少し近くなった。今日のところは十分な成果だろう。

皆と就寝の挨拶を交わし、自分が最初に目を覚ました部屋へ戻った。


いくつかの就寝準備をこなし、起き抜けより明らかに寝心地の改善したベッドに体を横耐えるとすぐに意識が遠くなった。

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