第3話 優れたゲーマーは説明書をよく読む

気が付くとそこは質素な部屋の中だった。

お世辞にも寝心地が良いとは言えなそうな堅いベッドから起き上がり、まずはメニューを呼び出す。

新しいゲームを始めてまず最初にすべきこと、それは簡単な仕様確認だ。

特にこのゲームは生き残ることで謝礼…面倒くさい、もう賞金で良いだろう。賞金が変わるのだ。

多くのゲームは説明書を読まなくともプレイ出来るようチュートリアルが設計されているし、このゲームもその可能性は高い。だが、初動を誤って事故死すれば賞金がパァだ。そんなリスクを冒すのは愚の骨頂と言える。

故に、このゲームの基本をまず把握するためヘルプを読むことを始めた。


読み進めて解ったこととして、まずこの世界の基本として自分のギルドを大きくしていくのが表向きの目的のようだ。

今俺がいる場所は冒険者の宿と呼ばれるギルド機能の中枢の一室。プレイヤーはそれぞれが異なるギルドに属しており、それを発展させる過程で戦闘を行うことも可能。

そして、冒険者の宿はプレイヤーのパーソナルスペースとなっているようで、中にいる限り安全なようだ。

尤も、完全に安全なら生き残れば賞金が貰えるという仕組みからして、冒険者の宿から一切動かなければそれだけで上位が確定する。故にということなのだろう。まず確実に何らかの仕掛けがあり、怠ければ後で手痛いしっぺ返しを受けることになる。


次にどうやってギルドを大きくするかだが、最も基本的な方法はクエストのクリアだ。冒険者の宿内でクエストを受け、それをクリアすると評価が上がる。他にも色々あるようだが、俺は一旦の攻略方針としてはクエストを効率良くこなすのが良さそうと判断した。

そして、このようなシステムであれば重要なのは勿論戦闘の仕様だ。

まずこのゲームにはレベルの概念が無かった。プレイヤーの強さはほぼ装備品に規定される。装備はかなりシンプルで、剣、盾、杖、装飾品の4種だけとなっている。

このうち、剣、盾、杖に関してはプレイヤーに最初から1つずつ与えられていた。


まずは剣と盾からだ。剣と盾は片手ずつでそれぞれ持つことができ、剣と盾、二刀流、二盾流(?)も可能なようだが、とりあえず今の手持ちでは剣と盾のスタンダード持ちしか出来ない。

装備品に触れるとその性能が脳に瞬時に流れ込んでくる。今俺が持っているのはライトソードとアイアンシールドらしいが、ライトソードには攻撃力+20%、速度+5%という効果が、アイアンシールドには防御力+10、ダメージ-10%という効果があるようだ。

とりあえず装備して体を動かしてみたが、幸いなことに現実世界での運動性能にこの世界での運動性能は引きずられないようだ。基本的には念じた通りに体が動く。

ただ、動きの速さに関しては必ずしも念じた通りにはならなかった。遅く動くことは出来るが、速く動くことには制限が掛かる。恐らくライトソードの性能にもある速度が参照されるのだろう。

そして、この時点で俺は剣や盾をメインにして戦うという選択肢を捨てた。

念じれば体が動くということは念じなければ動かないということだ。これは視野の広さと反射神経が強さに重要な要素となることを示す。

参加者には少なくともFPSのプロゲーマーたるアポロが存在する。そこまで行かずとも格闘ゲームやシューティングゲームの類が俺より上手いプレイヤーは参加している可能性が高いだろう。

この手のスキルを全く必要としないカードゲーマーの俺が彼らと渡り合えるというのは希望的観測を通り越してもはや侮辱だ。絶対に致命的なハンデになる。

そんなわけで俺の主力は暫定的に本題であるところの杖に決定した。


杖は剣や盾との併用が不可能で、それ1本のみで戦うことになる。

そして、ヘビーゲーマーでなければ明らかに触りたがらない、逆に言えばヘビーゲーマーなら喜んで弄りたくなるような複雑な仕様を持っていた。

杖には固有のコスト上限と付与可能な術式が存在する。

術式にはコア術式とサブ術式が存在し、コア術式にサブ術式を紐づけする形で魔法を作成することが出来る。そして杖を装備している間はそうして予め設定しておいた魔法を使うことが出来るという仕組みだ。

理論的には1つの杖に対しいくつでも魔法を設定することが可能だが、杖が持つコスト上限の範囲内で術式のコストを組み合わせる形になるため、杖のコスト上限がその杖に持たせる魔法数のキャップにもなる。

…だが、コスト上限は魔法ではなく杖に紐づくものだ。複数の魔法を設定するには魔法1つあたりに使える術式のコストが減り、1つ1つの魔法が弱くなる。複数の魔法を設定することで杖を持ち換えることなく様々な状況に対応できるメリットはあるが、基本的には1つの魔法に盛れるだけ盛ってコストが余れば次の魔法を設定するという方針が強そうだ。

杖もそのままでも使えるよう初期術式が設定されているが、これが攻撃魔法、防御上昇魔法、回復魔法と3つも設定されており、無駄が多い。

俺はこれらの魔法を即座に解除し、事故を防止する上で一番重要になりそうな防御上昇の魔法を作成した。


【コア術式】

防御力上昇

【サブ術式】

効果範囲+3m

詠唱時間-20%

防御力-50%

防御力+50


とりあえずお試しという感じだが、こんな魔法を俺は設定した。

まだパーティーを結成していない状態だが、ギルドバトルというなら恐らくこのゲームはパーティーバトル中心になると予想されるため、効果範囲を広げて全体に効果を適用する。

詠唱時間は魔法発動までの時間で、これは短ければ短い程良いだろう。今回は可能な限り早くなるよう設定した。

次の防御力-50%は少し意図が解りにくいかもしれない。防御力に限らないが、プレイヤーの能力の基礎値は25となっており(例外としてHPは100)、アイアンシールドの+10を加味しても35しかない。このため、-50%減らしても影響は18(端数の扱いは不明だが一旦大きく取っておく)となる。

そして、この手のデメリット術式を設定するとコストが浮くのでその分を防御力+の実数値に回すことで現時点では実質的に上位互換となる魔法を作成できるわけだ。

防御力+50に関してはそのままだ。余ったコストを全て積んだ形となっている。

改良の余地はまぁあるだろうが、その辺りは実戦を見ながらおいおいという感じだ。より強い杖を手に入れたら使わなくなるかもしれないし、これ以上凝るのは時間の無駄だろう。


しかし、初期設定では剣と盾のスタンダード持ちに比べてだいぶしょっぱい性能の杖なのだが、カスタマイズすると盾1個で+10しか出来ない防御を差し引き+30以上に出来るというのはかなり凶悪な性能だ。

初動で杖に向き合ったプレイヤーとそうでないプレイヤーの差はかなり大きくなりそうで、上位入賞の期待を俄然高めてくれた。

早くなる心臓の鼓動を感じつつ、俺は事前準備をこの辺りで切り上げ、冒険者の宿で出来る次のことを探すことにした。

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