第2話 ゲーマーだってお金は大好きです

―――3億円

一般的なサラリーマンの生涯年収は概ね2億~3億円と言われている。

3億円という金は一生汗水垂らして働くのに匹敵する、そんな金額だ。これは則ち、人生を買える程の金であると言える。

ゲームの賞金としても勿論破格であり、世界的に有名なゲームのチャンピオンに輝けば手に届くかどうかというような、神々しい金額なわけだ。


そんな金が、現実的に手が届く範囲に突然提示された。

話を聞きつつ過去の人生で類を見ない程の集中力で資料を読み漁っていると、歩合制とは言ったものの、要するにこのゲームで最後まで生き残ることが3億円獲得の条件のようだ。

しかも、だ。プロゲーマー「アポロ」を筆頭に明らかなゲーム玄人もいることには違いないが、この場には明らかにゲーム慣れしていなそうなサラリーマン風の…大体は男が大量にいる。

ざっと見、会場にいるのは100人ちょっとだろうか。

参加人数100人程度、優勝賞金億単位のゲーム大会など、通常はそこに辿り着くことすら困難な狭き門だ。俺はカードゲームなんて因果なジャンルを好んでいることもあり、基本的には最高の技量を以てしても常軌を逸した運が無ければ入口にすら辿り着けない。ついでにそんな大会の参加者は須らく修羅のごときプレイヤーとなるはずで、入口から優勝までの道筋は一層の困難を極めることだろう。

それが、だ。今回は実質的な競合相手は恐らくは数十人もいないだろう。自分と同格以上のゲーマーは10人もいないかもしれない。システム次第でゲームの技量がどの程度生き残りに重要かは左右されるだろうが、競技ゲームで勝ち組であり続けている自分が介入要素のあるゲームで素人に不利が付くことは流石に無いだろう。

アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン。そうした興奮を司る神経伝達物質が脳内を跳梁跋扈するのが解る。これは間違いなく、俺が大金を手にすることができる最も現実的なチャンスだろう。


また、3億円という心を焼き尽くすような強烈な光はこのテストプレイ報酬の威容からすれば実は本質ではない。この後光が差すかのような数字列の本当に異質なところはその報酬体系のなだらかさと言える。


1位:300,000,000円

2位:200,000,000円

3位:100,000,000円


通常、大会賞金というものは優勝賞金にインパクトを持たせるためにも1位と2位とに大きな開きがある。

ウィナーテイクスオールとまでは言わないが、決勝戦で敗れた者は夜通し泣き続けてもまだ足りない悔恨の念に駆られる程の差を叩き付けられることになる。

…まぁ、それは金銭面だけの話ではないのだがそれはそれとして。

ともあれ、今回のサバイバルでは1位と2位との差が決して小さいわけではないが、2位や3位に終わってもなお凄まじい金額を得ることが出来るわけだ。

それどころか、10位で5000万、30位でさえ1000万という破格の大盤振る舞いだ。

特に30位で1000万というのが素晴らしい。確実に10位に入れるかと問われればそこまでの自信は今のところ持てていないが、30位というのは極めて現実的な最低目標になる。普通にプレイ出来ればまず確実に入れるであろうラインにあって良い金額ではない。しゅごい。

そんな風に考えつつふと隣に目をやると、トモヤが見たことも無いような表情をして資料に食い入っている。有体に言って、目が逝っている。口角が不自然に吊り上がり焦点が定まらないその様子は、今悪魔に魂を捧げよと言われたら間違いなく喜んで差し出してしまいそうな程だ。

…多分、俺もそんな顔をしていると思う。


なお、報酬体系は全てがなだらかと言うわけではない。10位や30位はその次の順位と比べて大きな差があり、明確に目標として意識すべき順位となっている。

10位は5000万だが11位は2000万、30位は1000万だが31位は300万だ。また、50位が100万で51位以下は一律10万円となっており、この10万円というのが実質的な最低限の謝礼ということになる。

この辺りの報酬の機微からは明らかにプレイヤー同士の争いを調整したい意図を感じる。

プロゲーマーのアポロが企業の意思で参加しているように見えるのも、競争を確実に発生させるための起爆装置を意識してのことだろうか。

また、ついでに他のプレイヤーを撃破した場合には1人につき10万円のボーナスがあるらしく、これが大まかな報酬体系の全容となっている。


加えて重要なのはこれが有名企業が催しているテストプレイだということだ。

聞いたことも無いような企業が催すゲームのテストプレイでこの報酬が提示されたらまずは命の心配をすべきだろう。

3億円…いや、謝礼総額としては10億を優に超える金額だが、それは有名企業からすれば安くはないが支払いを渋って非合法に手を染めるような金額でもない。


説明の中で最も重要なのはこの謝礼に関する説明部分だろう。

ただ、これだけ破格の報酬システムなのには勿論それなりの理由があった。

どうやらこのゲームのテストプレイ中、プレイヤーは一切ゲームからログアウトが出来ないらしい。ログアウト方法はゲーム中に死亡するか最後の生き残りになること、それのみである。

ゲームで死ぬタイミングはある程度選べるとしても、勝ち残るなら何日間こちらの世界に戻ってこれないかは不明だ。その間、現実世界にある体は機器に繋がれ、動くこともままならないだろう。

栄養面は当然、健康面でも問題が起こらないよう細心の注意を払う旨は説明があったが、テストプレイ終了後には筋力が大きく衰えていることは避けられないだろう。というより恐らくそうなるであろう旨は普通に説明された。

また、ゲーム中に発生する痛みに関してはショック死が起こらないよう軽減する設定にはなっているそうだが、ダメージに比例した痛みが発生するらしい。

ログアウト方法は死ぬか最後まで生き残るかしかないのだからプレイヤーはほぼ全員がマイルドな死を体験することになるということだ。

なるほど。これだけ人体実験的な要素があれば口止め料も込みで法外な謝礼も頷ける気がした。


法外な謝礼という業火で心を焼きつつも、テストプレイで発生し得る不利益に関して先手を打って説明する態度は全体的に好感が持てたと言える。

最後に想定外の事故が起こった場合は中止があり得ること、最大限の努力はするが万が一の場合の企業側の責任は限定的になることなど、通常ならそこまで気にしない内容にもドキドキはしたものの俺はテストプレイの同意書にサインすることにした。


サインを行った者から順にテストプレイの準備のため別室へ移動となるようだ。

俺は同意書に何か問題がないか、念のため何度も見返していたので気付いた時にはもうアポロもトモヤも会場にいなかったが、まだ悩んでいる人は多いらしい。

参加人数が減れば減るだけ上位に入るのは楽になるので減ってくれるに越したことはないが、そもそもがあの胡散臭い募集要項を乗り越えてここへ来た猛者達である。恐らく大きく脱落することはないだろう。

別室へ案内されベッドに横たえられ、機器を装着をされながら簡単な説明を受ける。

どんなゲームなのかは向こうに着いてから考えて欲しい旨、プレイヤーが念じると空中にメニューが浮かび上がり、システム的な話はそこから調べられる旨、そして装着が完了した後「Dive-ダイヴ-」と発声するとゲームが開始する旨が伝えられた。

特にマッドな処理など行われることなく装着は恙なく終わり、いよいよ俺のメタバースが始まる。


「Dive-ダイヴ-」


俺がそう発声すると、意識は闇へと落ちて行った。

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