性悪ゲーマーのメタバース英雄譚

平林瑞人

第1話 プロローグ ~脳を焼く香ばしい金に寄せて~

「カースドマリオネットを場に出し、墓地の世界喰らいを指定したいですが、対応はありますか?」

「妨害術式を宣言し、それを失敗させたいです。」

「では、その妨害術式に妨害術式を宣言します。対応ありますか?」

「ありません。」

「では、世界喰らいをリアニメイト、世界喰らいの効果で私の場のカード全てを世界喰らい置き場に送り、カースドマリオネットが場を離れたことで世界喰らいをゲームから除外、この誘発で世界喰らい置き場のカードを場に戻します。亜空からの声の効果で世界喰らいは墓地にあるものとして扱われ、場に戻ったカースドマリオネットの効果で再度世界喰らいを指定します。以降このループを61回繰り返し、ターンを終了したいですが、何かありますか?」

「ありません。対戦ありがとうございました。」

「対戦ありがとうございました。」


舞台はとあるカードゲームの全国大会決勝。

俺は未発見の無限ループを用いた「亜空喰らいループワンキル」で見事優勝を勝ち取った。

1コストの割には高い性能を持つが、場を離れた時に相手の次のドロー枚数を+1するという論外デメリットを持つため見向きもされなかった「欲望の使徒」を無限ループに巻き込んで出し入れし、翌ターンにデッキ以上の枚数をドローさせることでライブラリアウトさせ勝利するギミックだ。

ループが開始すると宣言を挟むタイミングが無いこと、敗因がドロー死になるので対策が困難なことなど頑健性が高く、これまで作って来たワンキルの中でも自信作の方だ。

決勝の相手は一緒にこのワンキルを開発した相棒の「トモヤ」だった。会場に2人で劇物を持ち込んで、まんまと優勝、準優勝を独占した。ミラーは先攻が圧倒的に有利なので、優勝が俺になったのはまぁ運が良かっただけだ。


自分で使っておいてこんなことを言うのもなんだが、このデッキはクソだ。

俺は普段、コントロールやパーミッションなどの妨害デッキを好んで使っているが、その手のデッキでもこのワンキルの妨害は簡単ではない。ましてや、妨害出来ないデッキではほぼゲームが成立しないだろう。

あまりにも強いため運営が手を入れるまでの期間、爆発的に流行するのは目に見えている。俺はこのデッキのミラーマッチが溢れる環境でゲームなど断じてやりたくない。


そんなわけで大会前に予め暇潰しの方法を考えていたら、某有名企業が面白い募集を出していた。

ざっくりいうなら、メタバースがテーマとなるゲームのテストプレイの募集だ。

メタバースとは現実世界と異なる世界で生きることを指す言葉だ。この言葉はかなり曖昧な言葉で広義だとRPGなんかも含まれてしまうため、詳しくない人間から金を引き出す釣り針としても大人気のキーワードにもなっているが、今回は機器を装着してVR世界で暮らすかなり先進的なもののようだ。

まぁ、テストプレイと言っても概ね完成したゲームのテストというより、実際に人間が遊んだ際にAIが問題無い挙動をちゃんとするのか、のようなプリミティブなテストという感じのようではあるが。

なお、募集要項には「長期に渡る拘束になる可能性があります」「大きめの謝礼を用意しています」などと不穏な文言が見られた。

俺はゲームで生計を立てるいわゆるプロゲーマーではないが、ゲームが好き過ぎて生活を歪めている人間なので次世代ゲームを体験しつつ生活の足しにもなるというこの募集は非常に刺さったし、ちょうど今ハマっているゲームの環境を荒らしてしまったところなので退避先としても素晴らしかった。

そんなわけでトモヤとこれに募集しておいたわけだが、募集要項が不穏過ぎて応募が少なかったおかげなのか、互いに抽選落ちすることなくテストプレイの会場に来ることができた。


簡単な案内を受け、説明会場に入室した俺の目に入って来たのは少し予想外の景色だった。

長期拘束の可能性を謳う募集要項から、この場に来ることが出来るプレイヤーは自分と同じくいかにもオタク気質かつ社会を解ってなさそうな身なりの人間が多いだろうと考えていた。

実際そういう風貌の人間はトモヤや俺以外にもかなりいる。また、重度のオタクだからといって皆がそれと解るような空気を必ずしも纏っているわけでもない。だが、明らかにパリッとしたサラリーマン風の男が多数を占めているのは流石に予想外だった。

…有名企業の先端研究の発表ということで会社の許可を受けて、いやむしろ会社から情報収集のため派遣されている人が多いのか?

そんなことをぼんやりと妄想していると信じられない人間が入室してきた。


―――プロゲーマー「アポロ」

FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)の有名プロだ。

顔出し配信を積極的に行っており、FPSをあまりやらない俺でも顔を見れば解るレベルの有名人。

人気配信を行うには往々にして実力よりトークや魅せプレイの方が重要になり、アポロも例に漏れず華麗なヘッドショットがSNSのタイムラインに共有されてくるのをよく見かける。

畑違いなので実際のところどのぐらいプレイが図抜けているのかは把握していないが、その有名さに比してプレイを叩かれているところをあまり見ないので恐らく実力の方も折り紙付きなのだろう。

だが、プロゲーマーというのは俺みたいな野良のゲーマーと違って忙しい。自分のゲームを錬磨する時間をドブに流して自らの意思でこんな場に赴くとは考え難い。

となると企業側から請われて、かなり大きな報酬を対価にこのテストプレイに参加するということだろう。

しかし、VRゲームのテストプレイにプロゲーマーが何故雇われるのか、これが解らない。


そんなことを悶々と考えている間に予定時刻になる。

しばらくすると資料が配布され、ビジネスマンというよりは研究員といった雰囲気の男が前に出て、思ったよりハッキリとした声で話し始めた。


「本日はお忙しい中お集まり頂き、誠にありがとうございます。

今回のテストプレイにあたり、詳しい内容はお手元の資料で確認頂ける形になっていますが、私の方からも説明させて頂こうと思います。

さて、まずは皆様がきっと気になっているであろう謝礼についてからお話させて頂きます。

詳しくはお手元の資料の3ページ目を確認して頂きたいのですが、今回の謝礼は歩合制となっており、最も優れた結果を残して頂いた方には3億円と少しばかりの金額を差し上げる形になります。」


…3億円!?!?

耳を疑うような金額が出てきて聞き間違いか自分の発狂を疑ったが、件の3ページ目には間違いなく300,000,000円という文字が確かに印刷されており、改めて俺の脳を焼いたのだった。

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