第10話 愛を語らいながら心を開き古を知る。

 読み書きのおさらいをする合間、僕とマルヤム様は愛を語らい合った。そのついでに、イフリンジャの歴史を知ることになった。この方法なら、誰でも歴史好きになれる。もとい誰でも勉強好きになれるだろう。とても、甘く楽しく嬉しいが、効率は良くない。知識は増えるかもしれないが、脳が蕩ける。ますます頭が悪くなりそうだ。

 マルヤム様は喘ぎ声を押し殺しながら、顔を恍惚とさせている。正に「喜びの中で心を解き放った時、心の奥にしまわれた記憶の扉が開かれ」たのである。マルヤム様は目をとろりとさせながら語った。ナニを言ってるのか、さっぱり判らなかった。マルヤム様の仰ることをひたすら覚えた。そして翌日に覚えたことを紙きれや布きれ、木の板に書き留めたのである。僕が初めて書き留めたことはこうである。


「あなたは一人寂しく、想像から世界を創造した。あなたは全てを創り出せたが、ナニも産み出せなかった。生み出す力は愛。あなたは一人寂しく愛を知らなかった。あなたは一人寂しく愛を求めた。でも、あなたは愛を見つけられなかった。あなたは愛を見つけられず苦しんだ。一人寂しく苦しんだ。苦しみのあまり叫んだ。『愛とは何ぞや、愛を知らば死しても悔いなし』と。あなたは創り主、あなたの言霊は創る力、全てを従え、自らをも縛る。あなたは一人寂しくお隠れになった。あなたに替わって愛が生まれた。愛はよって、海は母なる海となった。そして母なる海から、わたしが産まれた。わたしは始めの女、始めの母となった。わたしは母なる海に抱かれた。母なる海の波の間に間を漂った。手脚が伸び、胸も膨らみ始めた頃、わたしの体の中を風が吹き抜けた。そして、わたしのお腹も大きく膨らみ始めた。わたしは海の波の間に間を漂い続けた。やがて、わたしはオノゴロ島に流れ着いた。わたしは、オノゴロ島の浜辺で、あなたを産んだ。わたしは、あなたを育てた。あなたは大きくなった。あなたは、わたしの夫になった。そして子供たちが産まれた。子供たちは島から溢れた。大きくなった子供たちは、舟を作って旅だった。新たな島を探しに行った。こうして、この世は人の子で満たされた」


 う~ん、何を言ってるのかさっぱり判らない。まぁ天地創世を唄っているんだろう。判ったようで、判らないことだらけである。一通り書き留めた後で、マルヤム様に尋ねた。

「あの~どういうことなんでしょう?」

「私は感じたことをそのまま口にしただけよ。私は、こう感じたわ。『あなた』はお前で、『わたし』は私であると。愛の力で心の奥の扉が開いた時、見えるのよ。今まで、こんなにはっきり感じたことが無かったわ。ここまで感じたのは、お前が初めてよ♡」

 という具合である。恐らく、エクスタシーの中で過去や未来を透視しているのだろう。口寄せのようなものだな。

 しっかし、さりげなく悔しいことを言ってくれる。「お前が初めてよ♡」って、他の男の影が見え隠れする。そんな話を聞かされる度に、寝取られた気分だ。胸がざわざわする。なんか焼けて来る。嫉妬に燃えるほど、マルヤム様への想いも、ますます萌え上がる。でも、寝取ってるのは僕の方なんだよな。


 毎晩毎晩、意味不明なお告げを聞かされ、毎日毎日それを書き留めた。書き留めたものを読み返しながら、イフリンジャの歴史がおぼろげながらに見えて来る。それでも、イフリンジャの歴史は断片的にしか判らなかった。体系的な歴史を期待してた僕が愚かであった。

 マルヤム様と引き籠り生活を送りながら知った。イフリンジャとは、こういう国である。

 この国は一妻多夫制である。女性の数が少ない。だから男が一人の女性を共有せざるを得ない。この国では「貞夫は二穴に入れず」と言われる。男は一人の女性だけに操を立てる。童貞を捧げた女性が、生涯唯一の妻に成るのだ。それを破るのは禁忌である。男が浮気しても、別に逮捕される訳じゃない。禁忌を破ると神罰が下って死ぬそうだ。本当かどうか知らないが、固く信じられているそうだ。僕に嵌められたケーラリーグも、貞節を守らせる為の呪具なのだ。一方、女性は夫や愛人、男妾を幾ら持っても好い。他人の夫に手出ししなければ好いのである。しかし、神罰が下るのは男だけだ。不平等な女尊男卑の社会である。僕の周りを見る限り、女性は横暴ではないが非常に奔放である。

 それに反し、大昔のイフリンジャーンは強烈な男尊女卑の社会だったらしい。女性たちは女に生まれた定めを呪った。今わの際に「次は女に生まれるよりも、犬、豚、虫に生まれ変われ」と祈ったそうだ。また男尊女卑なので、女児の間引きも多かったそうだ。それで女性の人口はどんどん減り、男女の地位が逆転してしまった。どうもそれが、マルヤム様の故郷パリ―イェスターンの滅亡と関わるらしい。そのことは後日語ることにしよう。

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