第11話 ビビアンさんは未だ処女だそうです。

 ビビアンさんは、マルヤム様の筆頭侍女である。丸顔で目がクリクリして、小柄だけど巨乳である。見た目は女子高生くらいである。だけど、本当の年齢は知らない。マルヤム様は百歳を超えてらしい。若作りの人妻にも、大人っぽい女子高生にも見える。マルヤム様や僕は純粋な妖精族ペリーギャーンらしい。ビビアンさんは普通の人間との混血だそうだ。ハーフなのかクォーターなのかは不明である。だから、実年齢が三十歳とか四十歳、五十歳だったとしても、驚くには値しない。僕の心はマルヤム様一筋である。マルヤム様しか目に入ってない。マルヤム様の桃色吐息で目が曇っている。そんな僕から見ても、ビビアンさんは相当可愛い。男が放っておかないだろう。イフリンジャの常識なら、夫や男妾に恋人が数人いても不思議じゃない。


 ある晩、マルヤム様に尋ねてみた。

「あのビビアンさんって、結婚してないんですか?」

「お前は私の中でビビアンのことを想っていたのですか?」

「そ、そんなことはありません。僕はママ一筋です♡」

「うふふ、ならばよろしい。ビビアンの結婚がどうというのですか?」

「この国では、女性の数が少ない。だから女性は何人も夫を持っているのですよね。ビビアンさんなら、男が放っておかないですよね?」

「そうね。一つはビビアンが私に夢中過ぎて未だ男に興味が無いこと。もう一つは、この国の童貞たちは処女を恐れているの。だから、自分の初めてを捧げたいと思っても、相手の初めての摘み取る勇気がないのね。『ビビアンの為なら死んでも好い』って言ってくれる男の子が現れないかしらねぇ~」

「もしかして、月の日と同じ理屈で、血を恐れているんですか?」

「お前はやはり賢いわ。お前に言われて、私も初めて気が付いたわ。我が子が大賢者なんて誇らしいですわ」

「それは買いかぶり過ぎですよ。ところで、処女奪うと呪われるんですか?」

「単なる迷信よ。破瓜すると男は死ぬ。みんなが信じて疑わないだけね。昔のイフリンジャーンは女の人を虐げ苦しめていたの。だんだんと女の人が少なくなる中で、女の人たちが何代もかけて、愚かなおすたちを騙し続けて今の様になったのよ。でも、処女が初めての夫を婿取る時、本当に死んじゃう人は少なくないのよ」

「もしも、僕がもっと早くマルヤム様と出遭って、マルヤム様の初めての人に成れたら、死んでも惜しくないです」

「嬉しいことを言ってくれて、お前は本当に愛おしいわ。でも、気にしなくて好いわよ。死んだら死んだで、また生き返れるから」

 マリヤム様は愛おしそうに自分のお腹をさすった。

「もしかして、赤ちゃんが?」

「未だ判らないわ。お前が私の中に戻れば、何度でも生まれ変われるのよ」

「それは、伝説上のマルヤムとイーサーのことですよね?」

「だから、お前の表の名前をイーサーにしたのよ」

「ママから産まれた赤ちゃんは、僕の分身って意味ですよね?」

「私が『マルヤム』と同じ力を持つのなら、私から産まれるのは、お前の分身では無く、お前自身ですよ」

「ということは、赤ちゃん出来たら、僕は死んじゃうんですか?」

「肉体は滅んでも、お前の魂は私のお腹の中で受肉するのですよ」

「もし赤ちゃんが出来たら、僕は即死するんですか?」

「どうなるかしら。実際に身籠らないと判らないわ。私にも昔の記憶が無いのです。二人の愛で心の扉が開いた時、真のことが判るかもしれないわね」

「ママ……シフタークーン様。僕はシフタークーン様の為なら死も恐れません。死よりも怖いのは、シフタークーン様から捨てられることです。もしも、僕に飽きたら、僕を殺してください」

「おお愛しいチャルブ、お前は何ということを言うのです。私は百年待ったのですよ。千年経とうが、万年経とうが、お前に飽きることも、お前を見捨てることもありません。お前こそ、二度と私から離れないでくださいね♡」

 その宵も、互いに強く抱きしめ合い、激しく愛し合った。


 今まで過ごして悟った。マルヤム様は、僕のことを夫や恋人では無く、息子と看做しているのだ。だから、僕が半人前でもヘタレでもド屑でも、無償の愛を注いでくれるのだ。この世界では近親相姦はタブーでは無い。だから罪悪感もない。なんの後ろめたさもなく、あっけらかんとしている。

 この国には、こういう諺が有る。

――ひとつの穴は、すけべを統べ、ひとつの穴は、すけべを見つけ、ひとつの穴は、すけべを捕らえて、暗闇の中に繋ぎとめる。

 男は一つの穴に童貞を捧げ、一つの穴に永遠の貞節を誓うことを意味するそうだ。この理屈を当て嵌めてみると、父と娘の近親婚は有り得ない。母や姉妹は有り得るということだ。近親婚の御蔭で、独身のまま一生を終える男は極稀だそうだ。

 基本的に、血の繋がりの無い男を兄弟セットで婿にするらしい。母親同士が仲が良いと、互いの息子を交換して娘と結婚させるそうだ。貰い手の無い、あぶれた男は母親が面倒を見る。という次第で、誰が父親だろうと、妻の産んだ子供は、自分の甥か姪、或いは弟か妹になるのである。だから、夫たちも実の子供として大切に育てるのである。この国では、男が女の尻の下で上手くやっているのである。

 イフリンジャは一妻多夫制で、女権が圧倒的に強い。しかし、夫を持ち過ぎた女も大変だそうだ。いつも夫から求められて忙しい。月の日に引き籠るのは、ささやかな休息でも有るそうだ。

 夫の少ない夫婦では、夫が働き、妻が家事や育児をこなす。沢山の夫を抱える逆ハーレム家庭では、家事も育児も夫がこなすらしい。妻は生殖と出産しかやることがない。有閑夫人として、優雅に暮らすそうだ。

 マルヤム様の夫は、今は二人だそうだ。僕をあやす以外に仕事らしい仕事は全くしていない。正に優雅な有閑マダムである。今はデロデロに溺愛してくれる。捨てられたりしたら、死ぬよりも辛い。

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