第55話 蒼花、襲来。⑤ 〜母、奏女(かなめ)の言い分〜


「お母さん、電話に出ないし既読がつかない。……お姉ちゃんにはうちに戻るってチャットしたし、後は……結構全力で走ってきたけど、引き離せた気がしない……!」


 颯太は不安げに振り返り、スピードを上げた。



 夕暮れの中、学園を出た颯太が街を走る事、十分。実家である青空流の道場がある山の麓まで差し掛かった颯太。


「ふう。おねえちゃんが着くまでにお母さんに問いたださないと」


 そこに、颯太のスマホから可愛らしい音が鳴った。ワタワタとポケットから取り出し画面を見た颯太は母、奏女かなめから返信が来た事を喜んだ。


「やっと返ってきた!えっと……?」


" 今日はお客さんいっぱいでしょうからパーティね! すき焼き食べたくなぁい? 味醂みりんとお砂糖のお徳用買うわよ〜 "


「何でさ!」


 森に挟まれた山道を駈け上がりながら叫んだ颯太に、声がかかった。


「あら颯太、それはね。『制服姿の女の子達が颯太を追いかけていくのを見た! 私も追いかける!』って蒼花そうかから連絡があったのよ。ほら、一緒にスーパーに行きましょ?」

「お母さん!」


 森の上方向から抜け出てきた奏女に、颯太が立ち止まった。ニマニマと楽しそうに微笑む奏女に、文句を言い始める。


「僕の部屋だって教えてないのに、実家をみなさんが知ってる訳ないでしょう?! それに、『颯太の七人の嫁』って何なの! おねえちゃんがそれを聞いて学校に乗り込んできたんだからぁ!」

「だって颯太、電話でも何でも和樹君や蘭先輩って子達の話ばっかよ? それに聞いてたら女の子達のアピール感が半端ないし、そう思ってもおかしくないじゃないのよー」

「ふぐっ……あいたた?!」

 

 何よちょっとー。

 私ばっか悪いみたいな言い方してー。

 ヒドくないー?

 激おこプンプン丸ー。


 アヒル口で颯太の頬を、ぐにり、とつまんだ奏女に颯太は目を白黒させる。


「そ、それは……仲良くしてもらってるのは間違いないし、たまに過ぎる気もしないでもないけど、だからって僕の事を好きだとかお嫁さんだとかからかい過ぎだよ!」


 むー、と唇を尖らせたまま奏女は颯太の頬から手を離して腕を組んだ。


「そんな顔したって誤魔化されないからね!」

「こうなったら腕ずくね」

「いったい何がどうなったのお?! くっ!」


 ふわり、と奏女の腕が颯太に伸びた。颯太が慌てて飛び退く。

 

「あら? 何で避けるのよー」

「……今、関節決めに来てたでしょ」

「ちょっとくらいいいじゃない」

「ヤダよ?! もう訳がわかんないから自分の部屋に戻るね!」


 颯太は奏女に背を向けて、山道を下り始めた。が、そんな簡単にいく訳もなく。


 母と息子の鬼ごっこが始まろうとしていた。

 


 

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