第52話 蒼花、襲来。② ~言ってみたい!言われたい!嫁候補!嫁候補!~


 驚きの声を上げる颯太に、警戒心をあらわにしていた那佳と笹の葉は驚愕の表情で顔を見合わせる。


「おねえちゃん!何でここにいるの?!」

「朝方に日本に着いてさ。うちで颯太が帰ってくるのをのんびりと待ってようかと思ってたら、お母さんが『颯太に、七人のお嫁さんができたわよ?よかったわねえ』って言うから!」

「お母さん、ここぞとばっかりに何てデタラメをー!」


 茶目っ気たっぷりな母親のにまにま顔を思い浮かべて絶叫する颯太の横で、蘭がふわり、と蒼花にたおやかに会釈をする。


「む。そこの赤いブレザーの子!颯太の隣に座っちゃって、貴女が颯太の嫁候補なの?!何かマンガに出てきそうなお嬢様っぷりだけど!」

「私は由布院家の蘭。姉上殿、お嬢様は家柄ゆえであって私をお嬢様と呼ぶはこそばゆい。が、嫁は妙案、やぶさかでない。それなれば、心置きなく師と共に歩めるな」


 蘭が、それはいい!と手を打ち鳴らす。


「私は青空蒼花!何言っちゃってんの!私が颯太の嫁なんだから!」

「ちょっと!僕の嫁とか勝手に何言ってるんですか?!お姉ちゃんは昔からそんな事ばっかり言って僕をからかって、もう!」

「からかってないよ!本気だよ!」


 ニコニコと微笑む蘭に、慌てる颯太といきどおる蒼花。


 そこに。


 嫁という言葉に反応した二人がいた。


 

” 言ってみたい!言われたい!嫁候補!嫁候補! ”


 蘭を差し置いて自分が、という気は更々ない那佳ではあるが、チャンスがあれば甘々いちゃラブアオハルの体験入学をしてみたい!私、耳年増だけどラノベは段持ちぃ!と荒ぶる。


「蒼花様。先程の御無礼、誠に申し訳ございません。私はこの中庭を含め、警護を仰せつかっている九十九那佳、と申します」

「あ、お役目だったんだ。お騒がせしてごめんね?」


 那佳は乾坤一擲の自己紹介が予想を超える好感触だった事に、ぴょいんこ!ぴょいんこ!と心の中で兎のように飛び跳ねる。


 続いて、笹の葉。


 喜びを隠せない那佳を見ては、『こないだ、そー君の匂いを嗅いでから(※49話参照)夜の大運動会お豆弄りの回数増やしやがってー。いやんはうはう!うっさいぞ、ぼけなすー』などと罵りつつも、むん!と気合を入れる。


” 言ってみたい!言われたい!尻候補!尻候補! ”


「姉上殿。私の名前は篠条しのじょう笹の葉。先程は警戒のあまりに……」

「あれ、貴女もお役目だったん?」

「隠しようもない本音がポロリと」

「……首から上、どっかに落としてない?拾ってきなよ」

「げふぅ!」


 那佳に負けじ!と本気の喋りを出したはいいが、三周と半分程気合いがから回ってしまい、蒼花を呆れさせてしまった笹の葉。


 地面に倒れ、びっくん!びっくん!と身体を震わせる。


「何なのよこの娘は!ちょっと颯太!下着丸出しでブリッジするような娘のどこがいいの?!アンタも、颯太に変なモノ見せないでよ!」


 げし!


「あふんっ?!」

「誤解だってば!あ!おねえちゃんそんなところ蹴ったら笹の葉さんが可哀……い、そう?」

「あ、見知らぬ、扉がー」

「めちゃめちゃ喜んでるじゃん!よっし、この娘の変態っぷりを見せつけてやれば颯太も気が変わるはず……!」


 ぐりぐり。

 ぐりぐり。


 びくびくびくぅ!

 へいへい!ばっちこおい!


 スニーカーを脱いだ蒼花の足の裏で、ぐりぐりお股を踏まれる笹の葉が、ブリッジのままと顔を緩ませる。


「颯太ぁ!この娘、ホントヤバすぎだよ!」

!もう!あ、蒼花様。そのくらいでご勘弁を……」


 予想を超えた笹の葉のご満悦っぷりに慌てる蒼花に、連れのおバカさ加減に顔を青くさせる那佳。


 その中で蘭だけは食べかけだった颯太の手作り弁当に再度手を伸ばし、颯太から分けてもらった明太子入り卵焼きを味わいながら別の意味でご満悦である。


「も、もう!笹の葉さんも悪ノリしすぎですよ!起きてください!変態さんに見られてますよ!」


 思わず駆け寄って笹の葉を抱き起こした颯太だったが、それが笹の葉のお花畑行きに拍車をかけた。


 そう、そこは。

 颯太スキーの夢の世界。


 颯太の身体からの、甘やかでほのかな薫り。

 スクールシャツを隔てた向こうで蠢く、細マッチョ。

 数十センチ先の、まだあどけなさが残る美しい顔。


 視線を下げれば。

 顔に似合わぬ名刀がそこにある。

(※32話参照。レイティング注意!)


 そして、その腕の中で。

 踏み踏みの刺激が押し寄せる。

 

「至福っ!あむ!」

「わー?!噛みつかれたぁ?!」


 ぱくり。

 ぶるぶるぶるぶるっ!


 笹の葉が興奮に耐えきれずに、颯太のシャツの胸辺りを甘噛みした瞬間。


 ごん!

 ごいーん!


「ふんぬぁ?!」

「私の颯太に何してんのよ!」

!どさくさ紛れに何してるんですか!」


 その頭に蒼花と那佳のかかと落としが炸裂した。


「おねえちゃん!下着隠してよ!」

「えへへ、ピンク色ドキドキしちゃう?」

「わ、私も……ダメぇ!恥ずかしい!」

「む?私か?颯太と一緒におると多いな」


 見せつけるように足を上げている蒼花に、スカートの裾を握りしめる那佳と、笹の葉からの濃密な香りを勘違いして、自らのスカートの前を上げて覗き込む蘭。


「先輩まで何をしてるんですか?!」

「蘭だ!む、私ではなかったか」

「颯太、何なのよ!この桃色空間は!」

「僕に聞かないでよ!」



 キーン、コーン、カーン、コーン。


 おねえちゃんもタジタジになる颯太の中庭空間に鳴り響いた、昼休み終了の鐘の音。


「くっ!時間切れなんて!放課後また来るからね!」


 ヒラヒラとIDカードを見せながら背を見せる蒼花。


「まだいるつもりなの?!おうちで待っててってば!」

「やだー!颯太成分が全然足りてないんだから!」

「えー!怒られちゃうからダメだってばー!」


 ニッコリと笑って校舎へと駆け出して行く。


「む?あれはVIP用の……姉上殿、さすがだな!」

「ええええ?!」


 そんなモノを誰から……と肩を落とす颯太の頭を撫でる蘭に、脱力している笹の葉を背負っては『のお尻のとこ冷たい!』と涙目で叫ぶ那佳。


 今日も颯太の中庭ラブコメ空間は、絶好調であった。

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