第51話 蒼花、襲来。 ~あれが、颯太の7人の嫁?~


 お昼時、駅前からの大通り。


 颯太と蘭の通う私立皇星院の道のりを、赤い尻尾のポニーテールを右へ左へと舞い踊らせてひた走る少女がいた。


 程よく灼けた肌、切れ長の一重瞼にツン、と上を向いた鼻先に朱が差した小さな唇が絶妙なバランスで可憐さを醸し出している。


 ひらりひらりと風を踏みしめながら少女は思う。

 自らが愛してやまない一人の少年の事を。


(颯太元気にしてるかな。久々の日本、颯太。クンクンしたいギュってしたい、めちゃめちゃペロリたいっ!!今日一緒のお布団で寝たらぜーったい朝まで赤ちゃんづくりだね!颯太、颯太颯太っ!お母さんが言ってた『颯太の七人の嫁』なんて嘘だよね!薙ぎ払ってやるっ!)


 只の颯太ダイスキーなえっちいブラコン娘であった。(※第11話 『颯太、驚愕の里帰り』参照。レイティングありm(__)m)


 母の奏女かなめに散々煽られた、セーラー服姿の少女が一人、青空蒼花そうか


 颯太の女難に花を添えようとしていた。 


 

『颯太のお隣争奪戦』の翌日、昼休みの中庭。


 颯太と蘭は初夏の心地よい風と日差しに包まれながら、いつものように颯太の特等席で二人、颯太手作りの弁当を頬張っていた。


「うむぅ……今日も美味い!いつもすまんな、颯太!」


 満面の笑みで颯太手作りの弁当をモックモックと噛み締める蘭に、颯太は嬉しそうに微笑んだ。


「よかったです、その、うちの山でとれた山菜の天ぷらとかも調子に乗って作ってみたんですが、一流の料理人さんが作る天ぷらを食べてるんですよね先輩……美味しくなかったら残してくださいね!」


 少し見上げ気味で蘭にわたわた!と言い募る颯太に、蘭はごくりと料理を飲み込み、お茶で一息ついた後。


” ら・ん・だっ! ”


 颯太の耳元でそっと、ひそやかに甘やかに囁いた。


「ひあああああ?!何するんですか!!」


 思わず体を反らしかけた颯太の腕を掴んだ蘭は、からり、と微笑んだ。


「私の為に、と作ってくれた心づくしのものに何の差がある?皆美味い。どれも美味い。いつも嬉しくてありがたくて胸が熱くなる。そう自分をおとしめるな、颯太。それとも、私のお墨付きでは不服か?」

「い、いえいえ!そこまで言われる程のものじゃ……」


 そこまで言って、蘭の『それでいいのか?』と言わんばかりのニマニマ顔を見た颯太は言い放った。


「……蘭先輩の為に一生懸命作りました!でも、もっともっと美味しく作れるように頑張ります!食べたいもの、言ってくださいね!」


 ふんす!ふんす!と両手を握りしめて自らを見上げてくるひたむきな視線に、満足そうに頷いた蘭。


「うむ!流石、私の師匠だ!さて、残りを頂くと……時に、颯太。私の弁当箱に入っていない惣菜が見受けられるが、それは何故なにゆえだ?」


 じい、と颯太の弁当箱を覗き込む蘭に颯太が慌てる。


「あ!あの!えと!これは失敗作なので……明太子入りだし巻き卵を作ろうとしたら崩れちゃって」

「むう、ズルいぞ。颯太一人で食べおって。あー」


 ひゅっ!


 耳に髪をかけながら目を閉じ、自分に向かって小さな口を開けた蘭を見て、颯太は息を吸い込む。扇情的で、見惚れるほどに美しい蘭に慌てふためいた。


「ら、蘭先輩!何か……そう!えっと!お、お嬢様がしていい顔じゃないですよ?!」

「?……颯太なら構わん。ほれ、はよう。あーん」


(ううう……神々しくて、可愛らしくて、えっち!)


 背中に電流が走る感覚の中で、蘭からの催促に意を決した颯太は顔を赤らめながら、その口に卵焼きを差し込んだのだった……。



 春爛漫なその光景を向かいのベンチから観察していた監視役コンビ、那佳と笹の葉は唇を尖らせながらその様子を見つめていた。


 そう。


 前日に自らの衝動と欲望に負けた御付きつきびとコンビである。


「私があーんして、そー君のぱっくり行くはずだったー」

「どこをどうしたらそうなるんですか!」

「何、あれ。まさか『颯太の七人の嫁』の一人……?」


 ババッ!


 肩越しの他校のセーラー服姿の女子に、飛び退すさる二人。


「どちら様です?部外者はすぐに強制退去ですが?」

「……何奴なにやつ。下品な髪形と安っぽい制服がお似合いだが」


 平然と軽口を言い放つも、喋り出すまで気配が見抜けなかった程の相手を前に目配せをする二人は、蘭と颯太に近寄らせまいとジリジリと挟み込もうとする。


 蒼花はふわ、と自然体で両腕を垂らし目力を強めた。


「ねえ。貴女達もまさか、『颯太の七人の嫁』な訳?私の颯太なんですけどー?」


 蒼花の言葉に、顔を見合わせた那佳と笹の葉。

 颯太ダイスキーな二人にとってこの言葉は看過できるものではない。

 無論、颯太大好きを昔からこじらせる蒼花もである。


 三人は先手を打とうと動いた。

 その迸る言葉は、同時。


「私、ここに颯太の赤ちゃんが宿ってるの」

「私のお腹にはっ!颯太さんとの愛の結晶があ!」

「私とこの子の最愛の人!そー君は渡さない!」


 お腹をさすって、やんわりと微笑む蒼花。

 下腹部を押さえ、真っ赤な顔で気迫十分に叫ぶ那佳。

 尾てい骨を擦りながら宣言した笹の葉は、何故か尻をアピールしている。


 だが。


 互いの嘘を見抜けない三人は、いわゆる耳年増である。


「「「……ええええええええええ!!」」」



「む?」

「えっ?……うそ!おねえちゃん?!」


 三人の絶叫に、ほのぼのドキドキの二人の世界からようやく帰還した蘭と颯太。

  

 そう。


 颯太の中庭のラノベ空間は今日も絶好調であった。


 

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