第4話 先輩、説明が足りてない。



 昼休み終了のチャイムを聞いた颯太は慌てた。

 

「お昼休み終わりです!授業が始まりますよ!」


 颯太は先に立ち上がり、その姿勢を正してから言った。


「先輩。やっぱり、僕ではなく皇城先輩や演劇部の方々に相談されるといいと思います。無礼や失言の数々、申し訳ありませんでした」

「……蘭だ。青空の教え身にしみた。感謝の念に堪えぬ」

「蘭先輩。ご活躍をお祈りしております」


 颯太は頭を下げた。


 そこに、同じく立ち上がった蘭が言い放つ。


「青空。人の名乗りを聞いて自分が名乗らぬは、いかがなものか?」


 いきなり名乗ったのは先輩で、今自分で『青空』って言ってるのに……そう考えつつも、自分もフルネームを告げるべきかと思い。


「申し訳ありませんでした。青空颯太、です。では……失礼します」


 また頭を下げた颯太は、小走りに校舎へ向かった。




 ●




 その場から動かずに、走り去る颯太を眺めていた蘭。


 そしていつしか握っていた手を広げると、汗で濡れている事に気づき瞠目する。


「あおぞら、そうた……」


 全国大会でさえ、どんな強者と相まみえようともまともに汗一つ掻いた事のなかった蘭は、首を捻りつつ手のひらを見つめ続けた。




 ●




 翌日の昼休み。


 箸を置いた颯太は、朝でかける前の占いで下から数えた方が早い順位であった事と、昨日の中庭での出来事を思い出し、むむむ、と唸る。

 

 そうして中庭に向かうかどうか決めかねている所に、隣の席の夜乃院和樹やのいん かずきが声を掛けてきた。


「あれ?颯太珍しいね。『特等席』に行かないの?」

「あー……ちょっと昨日、そこでいろいろとあって」

「トラブル?大丈夫?」

「そういうのじゃないよ、ありがとう。ただ……」

「うん?」


 手の中のタブレットを机に置き、和樹が颯太を見やる。


 そして昨日の出来事をかいつまんで説明する颯太に、和樹は首を傾げた。


「赤ブレ女子で先輩、ね。二人程心当たりあるけど……」

「けど?」

「一人は男嫌いで、話しかけて来る事はないかな。で、もう一人はベタベタするというよりは……」


 がらがらっ!

 ビッターン!!


 びっくぅ!!!


 大きな音を立てて開いた教室の扉に驚く生徒達。


「「え」」


 話してる途中に振り向いた颯太と和樹の声が重なった。


 開け放たれた扉の前で蘭が、むぅー?きょろきょろ!と教室を見回している。




 え?特別待遇生?赤いブレザーってそうだよね!ね!


 きゃあ!由布院先輩だ!きっれーーーーーい!


 目をあわせたら、殺られちまうぞ……恋の悪魔にな。


 夜乃院君の本家筋なんでしょ?!


 これは、エモくなる予感っ!!


 ひそひそひそ。

 きゃあきゃあ、わいわい!





「えっ?」


 そんな噂話を聞いた颯太が思わず和樹に顔を向ける。


 和樹はカーディガンをスッポリと頭に被せて机に突っ伏し、ひっそりと手を合わせていた。


「え?!」


 和樹と蘭を交互に見る颯太。


(いない事にして!)


 何となく和樹の心の声が颯太に伝わったその時に、蘭が声をかけてきた。


「青!……そ、そう、た!」


 ツカツカと歩み寄る蘭。


「蘭先輩、どうしてここに……」

「む。そ、そう、た、昨日の場所に来ないのでな。迎えに来た」


 手を自分の顎にあてて首を捻りながら、そ、そうた、そそうた……そそう、そそそう、そそそうた?と早口言葉のように呟く蘭。


 名前が上手く呼べない事に、もどかしげである。


「すみません、言いたい事は驚く程ありますが……粗相した男子に聞こえるので、名前はひと息でお願いします」


 颯太は蘭の登場と和樹の行動に驚いたものの、若干目が泳いではいるが言動が相変わらずの蘭に、思わずツッコミを入れてしまう。


 結果として、それは否だった。


「そうか!では、颯太!また昨日の様に乳繰り合おうではないか!頼む!」





 ぴっしいっ!!!


 教室内の時間が止まった。



 嘘!青空くんあんな可愛い顔してあんな事こんな事?!


 由布院先輩と青空ってそんな関係なの?!


 ふふふ!ただれてる!乱れてる!


 ひそひそ、ひそひそ!


 こしょこしょこしょこしょ!


 颯太と蘭ぇ漫才みたいになってるよ……。

 

 


 周りの様子に顔を真っ青にした颯太は反論する。


「だから、乳繰り合ってないですよね?!」

「互いの温もりを感じつつ、心のままに情熱言葉わしあったというのにか!」

「言い方……!それに僕からは近づいてませんよ!みんな誤解してるじゃないですか!」


 あわあわ!と昨日に続き今日も冷や汗をかく颯太。


 が、蘭の言葉足らずは止まらない。




「あれ程懸命に口を動かして台詞を言っていた私の額に熱いもの手刀を浴びせかけたではないか!」




 その、言葉への反応は様々であった。


 朧げにラブシーンを想像する者。

 生なましく2次元3次元で思い浮かべる者。

 謎の効果音SEと共に、妄想モザイクの先を凝視する者。

 理解できず、周りに聞いたり首を捻る者。


 だが当然、騒ぎになった。

 



 え?どういうこと?ねえ、今のなぁに?


 きゃああああああぁ!


 学校の中で何てステキなふしだらな!続きはウェブね!


 だだだだだだ!!!


 ガッタン!ガタガタ!!





 変わらず、きょとん、としている生徒。


 お互いの身体を、ぱしぱしぱしぃ!と叩き合って騒いだり、顔を真っ赤にして行方を見守る一部の女子達。


 そして椅子取りのように席についた一部の男子女子達。


(うわー……話聞いてなかったら僕も颯太に質問してたかもしれないよ。蘭姉ぇ、落ち着いてー)




 そんな和樹の呟きをよそに。


 そんな経験が無いとはいえ、執筆の勉強にと流行りのラノベを読み耳まで赤くした事がある颯太は、なんとなーくイメージしてなんとなーく叫んだ。




「その言葉、もの凄く不健全に聞こえますよ!今僕達がどんな目で見られてるかわかってますか?!」


 しかし、蘭は止まらない。


「それだけではない!もう一回、と懇願した私に雄々しく荒々しく応えて演じてくれただろう!」




 ガタガタ!!


 どだだだだっ!すってんころりん!


 てててててて!ぺたり。


 もじ、もじもじ。


 すとん、すとんすとんすとん。

 



 クラスのほぼ全員が、席についた。

 その半分が耳まで赤くして机に突っ伏している。

 ごく一部では狂喜乱舞しているようだ。


「ぎゃー!!先輩!中庭!職員室の前の中庭に行きましょう!そう今日も演劇の台詞の練習ですね!何なら先生にも意見を聞いたりなんかしちゃったりして!!」


 颯太は思いつく限りの言い訳を叫びつつ、蘭の背中を押して速やかな退室を目指した。


「蘭だ!」


 満足そうな蘭と、顔を真っ青にした颯太がバタバタ!と教室を出ていく。


(あーあ……これは流石にフォローだね。の颯太の高校生活が大変になる前に、ね。……蘭姉ぇ、怖っ!)


 人知れず冷や汗を掻いた和樹だった。


 

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