第3話 先輩、もう一回頼む、と指を立てる。
ベンチに座りなおした蘭は、ふふふ、とほくそ笑む。
「至誠天に通ず、とはよく言ったものだ。先人の言葉、正に至言」
「先輩。それを言うなら無法天に通ず、の方では……」
「蘭だ!」
「そういうトコですよ!」
颯太はいろいろと諦め、早く教室に戻りたい……そんな気持ちがこもった距離で同じベンチに腰を掛けた。
二人の間には体育会系のガッチリ男子生徒が余裕で座れる程のスペースがあいている。
ふわり。
心地よい風が、二人の間を通り抜けた。
「話ができる距離ではないな。もっとこっちだ」
「いえ、これくらいがベストです……ところで。舞台での台本とかありますか?もしよかったら」
一度引き受けたからには、と真面目に丁寧に話を先へ進めようとする颯太。
が、蘭は立ち上がると、すてすてぽすり、とその真横に座った。
颯太の右側が、ぽかぽか、と温まる。
「……こんなに密着しなくても、話できますよね?できますよ?」
「教えを請うのに一言一句を聞き逃したくないからだが、いかんのか?」
至極まともな返答をされ、ぐぅ!と言葉につまる颯太。
真横からの覗き込みと腕の温もりと
横にいるのは気まぐれな猫さん、そう、何やらいい匂いのする大きい猫さん!
颯太は頑張って話を続けた。
「……ごほん。今練習している劇の台本ありませんか?それか言いたい台詞、もし覚えていたら是非」
「む、しばし待て。今探す」
「はい」
スマホをするすると操作しながら密着をやめない蘭を横目で見ながら、今日の昼休みは大変な目に……などと颯太はため息をついた。
が、それだけでは終わっていない。
向かいの女生徒達二人組の行動にも目を離せない颯太。
(今日の出がけの星占い、ちゃんと見ておけばいろいろと違ってたかも……くうぅ……)
明日からは必ず星占いの結果を見てから学校に行こう、と心に秘める。
そこでは。
ぽす。
にこ。
ぽす。
にこにこ。
ぺちこーん!
自分の制服の太もも辺りを叩いてにこにこと颯太を見る女生徒Aと、その頭を叩いてから颯太にごめんなさい!と手を合わせる女生徒B。
そして謝った女生徒Bが、ぽすぽすしている女生徒Aの手を掴んで校舎への入口へと連れて行こうとするが、この場所は譲らぬぅ!とばかりに踏ん張る。
つい昨日までは、予想できるはずもなかったカオス。
(もしかしてもしかすると、僕はいつの間にか自分のいた世界から転移してしまったのだろうか……)
『遅刻しちゃう!』とパンをくわえた女の子が駆け寄ってきて転んだりしないよね?……と不安に思った颯太がキョロキョロと辺りを見回していると、蘭がスマホを差し出してきた。
「先程練習していたのがこの話だ。綾乃が異世界での活劇を創作し、次の演目として台本を書いたものだ」
「そうなんですね。見せてもらってもいいですか?」
「うむ」
気を取り直した颯太はスマホを受け取った。
「敵に囲まれた主人公が『笑止、笑止!お前等の腕前如きで理不尽の武、とでもほざくつもりか?』と不敵に笑う箇所があってな。それを再現したいと思っている」
颯太に若干寄りかかりながら、腕を組んで空を見上げる蘭の近さも忘れる程に、颯太はスマホを凝視した。
あ!
おお?!
むむむっ!
この話、格好いいかも!と気に入ったのだ。
「青空、何をニマニマとしている。気色が悪いぞ」
そう言った蘭が、すい、と身体を反らした。
「すみません。この話、少し読んだだけでも続きが気になります。面白いですね!」
「だろうな。綾乃の書く話は評判がいいのだ。無論、私はその上を行くがな」
蘭がドヤぁ!とずいずい、颯太を覗き込む。
(ああ、もう!)
人懐っこい大型犬!いい匂いのする大型犬!
颯太は、ポーカーフェイスとラノベ耐性のレベルがまた上がった。
「そこで張り合う必要も、くっつく必要もありませんから……。では、台詞を一度聞かせてもらえますか?」
「む。では、僭越ながら。忌憚のない意見を頼む」
こほっ。
ん。
蘭が咳ばらいをした瞬間、場が、ぴん!と張り詰めた。
そして。
「しょうししょうし、おーまえらーのうーでまえ!」
「寿限無っ?!蘭先輩!待ってください!蘭先輩!!」
「ごときでりふじんのぶっとでっも!」
ずびん!
「はうぁ?!」
颯太は止まらない蘭のオデコにチョップを見舞った。
本日初の颯太からのクリーンヒットである。
「ひたむきに台詞を言っている最中に手刀とは、いくら仮の師といえども看過できぬぞ、青空!」
「そんな啖呵を切る人、見たことありません!むしろ、今文句を言ったみたいな感じでいいと思いますよ!」
真剣に言ってたんだ……あ然としながらも、蘭を促す。
オデコをさすりつつ、おお!と
「文句……そうか、掴めた!今の感じだな!」
「そうです、それです!」
しかし。
「しょーうーしーしょーうーしー」
「蘭先輩!掴んだ物をポイ!ポイして下さい!」
「おーまーえーらーのー」
今度は、扇風機を前にした子供のようである。
颯太は、ちょんちょん、と肩をつっついて、チョップをする真似をした。武士ではないが、情けである。
先ほどのオデコ攻撃が意外と効いたのか、蘭は颯太の手を両手で掴んで、させるか!させるものか!と自分の頭から遠ざけようとする。
そんな蘭を呆れ顔で見る颯太。
「青空には情け容赦というものがないのか!流石の私でも怒りを禁じえないぞ!」
「だから、そんな感じで台詞を言ったらどうですか……あ、『笑止、笑止……!』と溜めても良さそうですよね」
つい、おもしろそうに台詞を言った颯太の顔を、きょとん、と見る蘭。
そして人差し指を、ぴん!と立て、言った。
「青空。もう一回頼む」
しまった、と思いつつもここは乗り掛かった舟。
「わ、わかりました……こほっ、んん!」
颯太は先程の『
「笑止、笑止……!お前等の腕前如きで、理不尽の武とでもほざくつもりか?」
(うわ!調子に乗った!格好いい台詞につい……)
あわあわ!と顔を赤らめた颯太をジッと見つめていた蘭は、すすすい、と離れていく。
そして言った。
「青空……少々近いぞ?」
「先輩。怒りを禁じえないという感覚が今、もの凄く理解できました」
「蘭だ!」
キーンコーン、カーンコーン。
そこで、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
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