第6話:盗賊とメイド

「メイドよ、こんなことになって本当に本当に申し訳ない」


 乗り合い馬車の車内はまさに地獄だった。


 身動きができないほど詰め込まれた人、どこからか漂う異臭、乗客は殺気立っているか心を殺して悟りを開いているか。


 出会いがここで生まれることはきっとないだろう。


「帰ったらボーナスを下さい」

「ああ、ダンジョンで好きなものをなんでもご馳走するよ」


 ダンジョンに避難することもできるが、外の状況が分からなくなるのは困る。

 さすがにメイドだけ残してくのは気が引けた。


「それにしても」メイドが耳元で囁く。


「柄の悪い人が多すぎる気がします」

「ああ、確かに。 でも何かあった時に戦える人がいると安心じゃないか?」

「まあ確かに」


 一見、チンピラが五割でその他は旅人や家族連れといった感じだ。


「若、辛かったら眠って下さいね」


 メイドが自分の肩を叩いて心配そうに言った。


「その提案は魅力的だ。 しかし悪いが俺は枕が変わると寝られない」

「ソウデスカ」


 それからしばらく揺れと息苦しさに耐える苦痛の旅が続き、




「おい、君! 起きなさい!」


 知らない男の声で目を覚ました。

 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようで、起きてみると周囲は石に囲まれた空間。 俺の手はなぜか手錠で拘束されていた。


「ここは一体?」

「私たちは嵌められたんだ。 ここは盗賊の根城だろう」


 どうやら面倒なことに巻き込まれたらしいということは分かった。 とりあえず


「おい、俺のメイドは?」

「あー、あの綺麗な使用人か。 連れてかれたよ。 きっと今頃」

「それは困るな。 俺は腹が減ってるんだ」


 メイドの持っているバッグに非常食や金が入っているんだ。

 面倒だった身嗜みも今はメイドに整えさせないと気持ち悪い。 そもそも俺の話し相手はメイドくらいしかいない。


「全く困ったやつだ」


 メイドがいないと俺の生活に支障が出る。

 だから


「仕方ないかは迎えに行ってやるか」


 俺はそんな言い訳をして、懐から丸い玉を取り出した。


※※※


 なんだかんだ疲れていたのか眠ってしまった。 肩が重いが、これは信頼の証と思って我慢しよう。


「おい、姉ちゃん良い体してるなあ? 俺の世話もしてくれよ」


 そんな時、柄の悪い男が話しかけてきた。


「今は忙しいのでお断りいたします」

「そんな連れねえこと言うなって。 気持ちよくしてやるからさ」


 この手の声掛けは良くあることだ。

 ナンパするにしてももう少しマシな誘い方があるのではといつも思う。


 大抵は冷たくしていれば諦めるけれど、しかし今回は違った。


「無視してんじゃねえよ。 俺はお前のためを思って言ってやってんだぜ?」

「それは一体どういうことですか?」

「すぐに分かる」


 不敵な笑みが不気味だった。


 そして男が立ち上がり言った。


「おう、てめえら始めるぞ」


 柄が悪い連中が動き出す。


 馬車の御者席へ向かうもの、武器を取り出し脅すもの、楽しげに叫び声をあげるもの、


「乗客はども! 死にたくなかったら言う通りにしろ!」


 この馬車は盗賊に乗っ取られていた。




「はあ、どうしよう」


 私は冷たい牢屋で思わず呟いた。


 周りは女ばかり。

 おそらく楽しむためか、売るためか男女を分けたのだ。


「若は呑気でいいですよね」


 引き離されて、連れていかれようとしても寝息を立てていた主。 ヒーローみたいに助けてくれなんて思わないけれど、さすがに鈍感すぎて人としての将来が心配だ。


「おい、ねえちゃん。 覚悟は決まったか?」

「……もう少し待って下さい」

「早くした方がいいぜ? どうせ助けるなら生きてる主様がいいだろう?」


 鉄格子の向こうからナンパ男が不気味に笑った。

 私は奴に取引を持ちかけられていた。


ーー体を差し出せばガキは生きて返してやる


 信用できない言葉だ。

 すがるのも一つの手だろう。 本当に約束を守る可能性もあるかもしれないのだから。


 けれど問題はその手を取って、生還できても私はもう若の側にはいられなくなるということだ。


「せっかく楽しくなってきたのにな」


 若が田舎に追放され、その使用人に選ばれたとき私は完全に貧乏くじだと思った。


 確かに数年は思っていた通りの日々だった。


 性格の悪い主。

 日に日に悪化していく職場の雰囲気。


 しかしある日、突然入れ替わったかのように若は変わった。


 どうして変わったのか。

 病気か、悪魔の類いの仕業か、正直私には興味がない。

 若が変わった。

 職場の居心地が良くなった。 話していて楽しいと思えるようになった。

 重要なのはその事実だけ。


「分かりました。 条件を飲みます」

「そうか」


 男は一層笑みを深めて、牢屋から私を出すと服の襟に手をかけーービリッーー乱暴に引き裂いた。


「そそるねえ」

「約束は守ってくださいよ」

「わーってるよ」


 気のない返事に不安になりつつ、私は瞳を閉じた。


※※※

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