第5話:ロマンスと馬車

「万能薬と引き換えに愛人になるんだろう?」

「有益な情報を教えてやるから、ちょっと遊ぼうぜえ」

「し、信じられません!」


 庭に出ると二人の男と少女が騒ぎを起こしていた。


 見たままなら強引なナンパに危険を感じる少女といった感じだが、


「あのこはサンセベリア家のご令嬢だね」

「それで男の言っていることは本当なのか?」

「うん。 万能薬を見つけた者に全てを捧げると彼女は公言しているらしいよ。 ただ彼らの情報とやらの信憑性は怪しいところだけどね」


 万能薬とは全ての欠損、病を癒す伝説上の存在だ。

 しかしそんなものを求める彼女の事情には興味はない。


「んっ、こっちの料理もまた旨いな」

「君、余裕だね。 助けないの?」

「いいや、面倒に関わりたくない」

「そっかあ、安っぽいロマンスを観れるかと思ったのにな」


 ラケルタの言った言葉が頭の中を廻る。


(ロマンス、恋愛、かあ)


 とにかく楽しいことをしたいと漠然と考えていたけれど、恋愛は盲点だった。 そういう楽しみ方もあるのか、と。


 俺は「よし、助けよう」とだけ言い捨てて、令嬢に迫る男たちを指差した。


「そこの君たち! やめなさい!」

「はあ?」

「なんだお前?」


 にらみ合う三者。

 罵り合って、そして泥試合の殴り合いが始まる。


※※※


「やめてください!」


 咄嗟に声が出た。

 遅かれ早かれこのような事態になることは分かっていた。 それなのに私はまだ覚悟が足りていないのだろう。


ーー病に蝕まれていく姉の姿が走馬灯のように流れていく。


 もう大丈夫。 大丈夫だ。


(謝って、笑って、それで話を聞こう。 先入観は捨てよう)


 少しだけ深く息を吸って口を開く、


「そこの君たち! やめなさい!」


 少年が私の目の前に現れた。


 まるでお話の王子様みたいに


「ああん? チビは引っ込んでろ」

「ははは、お前……死んだぜ?」


 王子様みたいに


「死にさらせええええええ」


(……現実は儚い)


 彼の行動には多大なる感謝を。


※※※


「それで追い出されたと。 バカですねえ」


 ブラオ家の屋敷から離れた下町の宿にて、俺は体に薬草を塗りつけられていた。


「まあ私は聞いてて面白いから好きですけど。 執事さんの説教が恐ろしいですね」

「う~滲みる」

「我慢してください!」


 ナンパ男たちと拳で殴り合った後、カニスに「場を弁えない愚か者は相応しくない」と摘まみ出されてしまった。


 料理は堪能できたし、雰囲気も楽しめたので概ね不満はない。

 しいていうなら、


「で、結局そのご令嬢とは会話もしてないと」

「する暇もなく追い出されたんだ」

「おまけに帰りは乗り合い馬車になりましたと」

「それは申し訳ない」


 相手もサービスで手配してくれるわけではない。 問題を起こした以上、自分でなんとかするしかないだろう。


「若、覚悟しておいて下さいね」

「何をだ?」

「乗り合い馬車は地獄ですよ」


 意味深なメイドの笑みが恐ろしかった。

 しかしたくさんの人を乗せて走る馬車。 そこには一期一会の出会いがあるかもしれない。 なによりイメージ通りの旅らしくて少しだけ楽しみだった。


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