第8話:獣人と万能メイド

「これは……奴隷」


 メイドが囁くように言った。

 俺が所属する王国では確か奴隷売買は禁止だったはず。


「どうして分かる?」

「奴隷は特殊な魔法を掛けられています。 それが特殊な魔力を発しているので。 おそらく体のどこかに刻印があるはずです」


 メイド曰く、奴隷魔法は位置の特定、精神の支配、行動の制限がされるらしい。


 そしてその魔法は術者本人しか基本的には解けないため、一度掛けられれば自由になることは困難。


「そうか、お前やたら詳しくないか?」

「一般常識です」

「そうなのか」


 メイドは一つうなずいて、身動きしない三人の奴隷に手をかざした。


「その魔法は解除しました」

「そうなのか!? 術者にしか解けないんじゃなかったのか?!」

「メイドですから」


 ツッコミどころしかないが、メイドは全く話す気はなさそうだ。


「そうか。 メイドはすごいな」

「聞かないんですか?」

「ああ」


 気にはなるが好奇心で無理強いはできない。

 そんなことよりも今は目の前の子供たちをどうするかが問題だ。


「この子たちはどうなるんだ?」

「住んでいた所へ返してあげれればいいのですが、おそらく難しいかと。 見てください」


 メイドが指したのは子供たちの頭。 よくよく見ると髪の下で何かがぴこぴこと動いていた。


「獣人か」

「はい、王国に獣人の村はほとんどありません。

おそらく異国から違法に誘拐されたんだと思います」


 王都までの旅路でさえ莫大な費用がかかるのに、外国となれば費用も時間も比べ物にならないくらいかかるだろう。


(異国……俺の知らない町、人、食があるんだろうな)


「異国いいな、とか思ってませんか?」

「この子たちが可哀想だと思わないのか!? お前に人の心はないのか!?」

「思いますけど、それを盾にして異国旅行をしようとしている若よりはまだ人に近いはずです」


 声がうるさかったのだろう、子供たちが目を覚ました。


「ひっ」

「やめてくださいっ、ひどいことしないでっ」


 俺は「頼んだ」とメイドの肩を叩き静観する。


「私たちは悪い人じゃないよ? こわくなあい、こわくなあい」

「嘘だ!!」

「怖いよ~」


 しどろもどろになるメイドと警戒を強める子供たち。 俺から見てもメイドは怪しいから仕方ない。


 俺は執事に叩きこまれた貴族らしい立ち姿ーー背筋を伸ばして、ふんぞり返るーーで言った。


「キックル家ラビリスによって盗賊は討伐された! 脅威は去った! 非戦闘員はこの俺が責任持って保護しよう」


 勢いに呑まれてくれたようで、子供たちは安心したようにへたりこんだ。


※※※


(普通に生きていくことさえ許されないの?)


 冷たい牢の中で二人の寝息を聞きながら思う。


 親に捨てられても、お腹が空いていても、孤児院での暮らしは幸せだった。


 お金も、地位も名誉も、物語のようなドラマもいらない。 ただこのまま静かに暮らせたら良かったのにーー私たちはある日、悪い人たちに捕まってしまった。


 魔法を掛けられて奴隷にされ、もう逃げることもできない。 悪い人たちのおもちゃにならなくて良かったけれど、いつかは誰かの物になるんだろう。


「生まれなければ」


 こんなに苦しむこともなかった、そんな気持ちになってしまう。


 孤児院は教会だったから、生まれたことを、今日の食事を、神に感謝しましょうと祈りを捧げていた。


 それなのにいざというときに神は助けてくれない。


「勝手に崇められて、勝手に失望されて、神様ってちょっと可哀想」


 恨み言なんてお門違いだと分かってるけれど、誰かのせいにしないと苦しくて空しくて狂いそうだ。


「この子たちが生きてるうちは死ねない」


 消える自由も私にはない。


 そう思っていた私たちの前に現れたのは、


「保護ってどうするつもりですか?」

「どうにでもできる。 俺は次期領主だぞ……田舎だけど」

「帰りたいって言ったら?」

「俺が責任持って送り届けよう!」


 貴族の少年と怖いメイドだった。


 私たちは救われた。

 これから先どうなるか分からない。


 ただ一つ、私はもう神様に祈ることはないだろう。


※※※


 

 



 



 

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