第2話 トラウマ


「心因性現実希釈症候群、通称『トラウマ』は降り注いだ『カグツチ隕石群』を見た者が発症した異能症例の総称です。ここまではいいですか、

「はいセンセー」

「もう、あなたはいつもいつも学校をサボって何をしているんですか! おかげで私まで追試に付き合わされる羽目に……」


 セツナは学生になっていた。イマを諦めた訳ではない。その証拠に。


「トラウマの治療にすぐさまあたったのがツクヨミ財団。彼らの迅速な処置により、トラウマが広がる事もなく、異能に苦しむ患者も減っていった。ですよね?」

「無駄に知識だけはあるんですよねあなた……出席日数さえ足りていればね!」


 スーツ姿の女教師はその後も講義を続ける。


「そもそも心因性現実希釈症候群とは何かはご存知ですか?」

「隕石を見た人達の幻想、その具現化でしょ?」

「どうにも君の知識というか認識は誤っている気がします。いいですか? 正確には隕石を見た事による脳の思考パターンの変化が現実を薄める事です。異能はあくまで副産物に過ぎないとされています。要するに現実に強度があると考えましょう」

「強度?」


 教師が電子ボードにスラスラと文字を打ち込んでいく。図形を形作る。それは現実と書かれた器と中に入った水だった。そこに隕石という文字が吸い込まれていき、現実という言葉の比重を下げる。するとそこに異能という言葉が生まれる。電子ボードも便利なものだとセツナは独り心の中で思った。


「つまり、存在が薄くなった現実に人間の想像が具現化する余地が生まれた、と」

「物分かりもいい、だからこそちゃんと出席を!」


 そこでセツナの携帯が鳴る。


「悪い先生! 急用だ!」

「はぁ!? あんたわかってんの!? これ落としたら留年――ってもう行ってるし、はぁ私の評価がぁ」


 学校の屋上、ステルスヘリがセツナを迎えに来ていた。


「先公も大変だなぁ」

「よお! セツナ! 収穫は!?」

「無し、この学校にツクヨミ財団の残り香は無かった」


 音もしない、誰からも見えない、見えるのはバイオエレクトロニクスを得たセツナと、専用ゴーグルを付けたアラハバキ達だけだ。


「で? 次の任務は?」

「潜入任務だ。うちの情報部門がアマテラス三番地にあるツクヨミ財団所有の研究機関に『ナニカ』が運び込まれたらしい」

「それを調べろって?」


 ブレザーの学制服から黒い軍服に着替えたセツナが問いかける。此処はカグツチ隕石群の被害から立ち直った復興都市「アマテラス」。かつてセツナとイマが住んでいたトウキョウは失われた。アマテラスは実質、財団に支配されており、その中心には権力の象徴たる宇宙エレベーターが屹立する。

 

「了解、で場所は?」


 しばらくヘリで移動した後だった。するとゴツイ大男は顎髭を撫でて。


「真下」


 と言ってセツナを蹴落とした。


「ゴウキ!? この脳筋野郎!!」

「ガハハ、気張れや小僧」


 セツナの軍服にパラシュートはついている。敵側に対空設備はない。落ち着いて研究機関の屋上へ着地する。


「あのバカ帰ったらぶん殴ってやる」


 セツナは屋上の電子ロックを――


「ええい、めんどくさい、全部まとめて停電させてやる」


 一瞬で研究機関の電源がシャットダウンする。パニックに陥る職員達を後目にセツナは研究区画へと向かう。マップは事前に済みなのだ。


(警備がいる……? 三人……まさかトラウマ持ちでもないだろうし……)


 飛び込む、懐中電灯で辺りを照らす警備の懐に潜り込み高圧電流を流す、簡易スタンガンだ。動きを止めた警備の首を腕で絞め意識をおとす。それを繰り返す事三回。余裕の突破だった。

 

「除菌室に、コンピュータールーム、生命臨界室? なんだこれ」


 生命臨界室のスライドドアを開ける、電子ロックなど、とうに外れている。その中に、誰か居る。

 バチィ!

 電気を生命臨界室にだけ流すセツナ。明かりが点く、そこに居たのは――


「……イマ?」


 アルビノの少女だった。

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