3―9 初心者勇者、失敗を明日の糧とする
初心者の館に帰宅するなり、ミナは上機嫌でロジーナさんに騎士の証を提出した。
「見てください、ロジーナさん! マグマゴーレムを倒して手に入れた『騎士の証』です! 本物です!」
「え。本物? そのようなものは頼んでいませんけど……本物は、スタンプを集めて手に入るはずですが」
「「「えええええっ!?」」」
「……スタンプは集めたのですよね? ……そちらで貰った、騎士の証はどうしたのです?」
ミナはユルエールを見た。
ユルエールはシャノとリリィを見た。
二人はミナを見た。
「……覚えてません……」
「何しに行ったんですか……?」
バイト中のヴェリルから貰い忘れていたことを、ミナ達はすっかり忘れていたのだった。
「今回こそはと思ったのにぃ~……」
むっすー、とミナはいつもの宿舎に戻り、お餅のようにふくれ面をしていた。
ヴェリルから貰い忘れていたことを思い出し、はあぁ、と溜息がこぼれるばかりだ。
今回こそは完璧だと思った。
けど、またも失敗……。
落ち込んでいるのは他のみんなも同じで、残念そうにお茶を口にしてるーー
「ほら、ミナ。リリィ。シャノ。いつまでも落ち込んでませんことよ? クエストから戻ったら着替えて休憩、それから美味しいご飯を食べて元気になるのですわ」
と思ったら、ユルエールは意外にも元気に晩ご飯を作っていた。
台所から運んできたのは、本日の夕食である大根おろしをメインにしたお鍋だ。
ザク切りにした白菜に豚肉、少量のキノコを加えてくつくつと煮込み、その上からーー
「あれ、お餅?」
「お土産で買ってきたものを工夫できないかと思い、入れてみたのですわ」
「おお、美味しそう!」
本日のメインである揚げたてのお餅を入れ、最後に大根下ろしとネギをささっと入れて完成だ。
ふわふわと白湯気を漂わせるお鍋を前に、ミナはついニヤけてしまう。
さあ召し上がれと自慢するユルエールに、クエスト失敗した残念さは見当たらない。
ふふん、と上機嫌だ。
「また次がありますもの。今日は美味しくご飯を食べて、また頑張りましょう?」
「そだね! でもユルちゃん、あんまり残念そうじゃないね」
「ええ、まあ。クエストを失敗したのは勿体ないと思いますけれど……」
ん、とユルエールは咳払いをしながら、全員にスプーンを配る。
すぐに手をつけても良かったが、ミナ達はなんとなくユルエールの話が続く気がして、手を止める。
ユルエールも、話すタイミングを伺っていたらしい。
コホン、と一息。
「わたくし……このような言い方は、みんなに失礼だとは思うのですが。今回は、合格できなくても良かったかなと思ったのです」
「ふむふむ」
「……確かに、ケルミナ火山でスタンプを集めて騎士の証を持って帰っていれば、クリアできたかもしれません。ですがその時、わたくしは結局……剣が使えないことを秘密にしたまま【騎士】になっていた訳ですし」
ユルエール=マリーベルの目標は、格好良い最強の【騎士】だ。
鎧の力に頼らず剣を扱い、ミナ達の盾となる、誰もが憧れる騎士の姿。
その夢を叶えるには、ただ、合格を貰うだけではダメだと気づいたのだ。
「うーん、そう言われちゃうと、あたしも【勇者】的に、まだまだだなぁ」
「……詠唱もっと上手にならないと【魔法使い】ぽくない……」
「私も【僧侶】としては……」
「ええ。ですから、わたくし達はクエストをクリアするだけでなく、自分に恥じないクリアを目指すのも大切かな……と、改めて思ったのですわ。それに今回は、一つ発見がありましたし」
と、彼女はスプーンをぐっと握りしめて、腕まくり。
「わたくし、じつは、剣は使えなくても通常攻撃が当たれば強い! つまり鎧を装備してても基礎ステータスはきちんと上昇してたのですわ」
「確かに、ゴーレムをパンチで倒したもんね!」
「ええ。ですので技術さえ磨けば、わたくしは真の【騎士】になれる……たぶん、なれるのです!」
「最後だけ自信ないよ?」
「いえ、なれます! この調子で次回から頑張れば、必ずや!」
奮起するユルエールに、その意気だよと応援するミナ。
次回から、彼女の活躍が楽しみだ。
「じゃあユルちゃん、次から鎧は着けずに戦うんだね!」
「え!? そ……それはまた別ですわ」
「えぇーっ!? それじゃあ【騎士】スキルは?」
「……こっそり練習致しますから、鎧はこのままで……鎧を外してクエストに向かい、また下手なところを見せたら迷惑になりますし……」
やっぱり恥ずかしい、とユルエール。
その心境はまあ、ちょっとは理解できる。
ユルエールは照れ隠しに頬を掻き、目を泳がせ、たぶんそのぉ、と。
「いつかまあ……必ずいつか、その、今月、いえ、今年……わたくしが生きている間には……」
「それもうお婆ちゃんだよ!?」
「仕方ないでしょう? 鎧外して戦ったの、今回が初めてですし。でも必ずいつか、がんばりますので。これからも……その。よろしくお願いいたしますわ!」
改めて、ユルエールが皆に頭を下げる。
その姿にうんうんと感心するミナであったが、その肩をシャノが叩く。
「それで、ユルエールさん以外の私たちは、弱点克服できそうですか……?」
「…………」
「…………」
「…………」
詠唱下手に、詠唱がヘンな人に、聖剣ぶっぱ。
ミナはスプーンを手に取った。
「ご飯にしよう! あ、今日のお鍋も美味しいね、シャノちゃん」
「そ、そうですね……」
今日もミナ達は、美味しくご飯を頂くのであった。
騎士ユルエールが覚醒するのは、たぶん、もう少し、先の話になりそうである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
初心者の館 クエスト報告レポート
クエスト:ケルミナ火山にて騎士の証を入手せよ!
結果:失敗/騎士の証と間違えてマグマゴーレムの核を持って帰ってきたため
取得アイテム:
マグマゴーレムの核鋼×1
マグマゴーレムの溶鉱石×4
マグマゴーレムの魔力石×3
マグマゴーレムの肌石×6
温泉にひたした食べるとレベルアップする薬草×1(←リリィが作ってた)
報告書:
騎士の証を入手せよ。その任を受け、ケルミナ火山に赴いたわたくし達を待ち受けるのは、六つの印を集める試練でした。わたくし達はお餅の魅力に抗い、大冒険を経て、ついに六つの印を手に入れます。
しかし! とある筋より『真なる騎士の証』の存在を耳にし、真の証を求めて新たなる山岳へと足を踏み入れる! そこに立ちふさがる巨大なゴーレム!
仲間達は果敢に戦い、激戦の末にわたくしの華麗なる一撃が命中。冒険の末、ついにゴーレムを打ち倒したのです! だから騎士の証は忘れましたごめんなさい。
報告者:騎士ユルエール=マリーベル
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
館からのお返事:
クエスト報告書は、実際に起きた出来事を客観的に記すためのものです。
そのため冒険話は楽しくダイナミックに脚色をせず、起きたことをきちんと記しましょう。
あと証を忘れたことを謝るのは良いのですが、反省は次回にきっちり生かしてくださいね。
回答者:ロジーナ=クライン
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます