3―6 初心者勇者、騎士の秘密を知る(下)


 その後も先陣を切るユルエールはどかどかと洞窟を叩くが、モンスターにはなぜか命中せず、その度に「準備運動ですわ!」とか「まだ本気を出してないだけですわ!」と主張していた。

 さすがにミナ達も、おかしい、と思い始める。

「やっぱり湯冷めして体調悪いんじゃ……! シャノちゃん、どうかな」

「もしかして、風邪を召されてしまったとか」

 体調不良は初心者に限らず冒険者にとっての大敵だ。

 怪我でもしたら困る、とミナは慌てて飛び出した。

「ユルちゃん、あたしが前衛変わるよ! ユルちゃんは休んでて!」

「だ、大丈夫ですわ! さっきのは目にゴミが……って、シャノまで前衛に来てどうするのです!?」

「う、私だって前衛ができない訳ではありませんし」

「いや杖も防具もないのに前衛は無理ですわよ!」

 ユルエールは慌てるが、実を言えばミナもシャノも混乱していた。

 大切な仲間が、いまにも倒れる危険があるのだ。

 助けなくてどうするのか!

「ん……わ、私も、前衛できる……」

 わいわい騒ぐ三人の合間に、リリィもちょこんと飛び込んだ。

 寂しかったのである。

 置いていかれたくなかったのである。

「素手の魔法使いが前衛に出てはいけませんわよ!? ミナも、わたくし大丈夫ですから!」

「ここは勇者のあたしが前に出るー! ユルちゃんは後ろ!」

「……(みんなに揉まれて何もできないリリィ)」

「わ、私も僧侶ですけど前衛だってできますから!」

 そして四人が並ぶと、狭い洞窟はぎゅーぎゅー詰めになってしまい、にっちもさっちも進まずアイテム奪還どころではない。

 それでも戦闘をこなせるのは彼女達のステータスが高いためだが、バランスはめちゃくちゃだし進まない。

 その上、みんな揃ってユルエールを心配してるとも分かるので……

「わ、分かりましたから! 理由を話しますから、もう離れてくださいませー!」

 ついにユルエールは白旗をあげたのだった。



「要するに、その………………わたくし、じつは鎧を装備してないと、剣がうまく使えないのですわ」

「そうなの!?」

 ミナを前衛に戻して洞窟を進みながら、ユルエールがぽつりと口にした。

 稀な例ではあるが、世界には武器や防具、アイテムそのものに【スキル】が付与されている特殊装備があるという。

 ユルエールが普段使っていた【騎士】スキルは、彼女愛用の装備品『マリーベルの鎧』に付与されたスキルであり、彼女自身の力ではなかったのだ。

「へええー。あ、じゃあ、ユルちゃん自身はどれ位のスキル使えるの?」

 職業【騎士】でなくても、戦士系なら使える【足払い】や【正面突き】辺りだろうか。

 【空波】は中級に近いスキルなので鎧のスキルかなと思うが、意外に鎧の効果は弱くて、それくらいまで使える可能性もーー

「……通常攻撃」

「えーと。通常攻撃以外、全部のスキル?」

「いえ……通常攻撃も含めて、と言いますか……」

「え!? ユルちゃん通常攻撃ってただ叩くだけだよ!?」

「それが苦手なんですのっ」

 ぐすん、とユルエールが涙目になる。

「わたくし【騎士】を目指す身ながら、鎧がないまま剣を振ると、なぜか明後日の方向に……おそらく鎧の効果でついた癖が、悪さをしてしまうのですわ」

「へえぇ。それでさっきみたいに……でもそれなら、ユルちゃん相談してくれたら良かったのに」

「ぅ……それは……」

「笑ったりしないよ?」

「それくらいは、分かりますわ」

 ユルエールとて、鎧のことがバレたらミナ達に馬鹿にされるとは思っていない。

 きちんと話せば、恥ずかしくても、笑って許してくれるだろう。

 そのくらいは信頼しているつもりだ。

 ただ。

 彼女は騎士であり、パーティを守る前衛職である。

 ユルエールは顔を俯け、その耳まで赤くしながら、ぽつりと。

「職業【騎士】なのに剣技が使えなかったり、通常攻撃すら当たらなかったら、みんなに気を使われると思って……」

「へ?」

「わたくしを役立たずとは言わなくとも、心配はするでしょう? 本来なら前衛で、いちばん頼りになるはずの【騎士】のわたくしを。そんなの、格好悪いですわ……」

 【騎士】は攻撃職であると同時に、パーティを守る要である。

 どんな時でも前に立ち、背中に不安など欠片も見せてはいけない。

 でないと、後ろに続く仲間が安心して戦えないではないか。

「わたくしは格好よく、仲間に頼られる騎士になりたかったのですわ……あなた達にも、御父様や実家のみんなに認められるような……」

 しゅん、と落ち込むユルエールを、リリィがよしよしと励ましている。

 洞窟内部はそれなりに暑いが、彼女の柔らか頬が朱に染まっているのは、それだけが理由ではないだろう。

 シャノも口をゆるめて「ユルエールさん」と背中をさする。

「ユルエールさんは、私たちのために、見栄を張ってくださったのですね。ありがとうございます」

「……礼を言われることでは、ございませんわ。隠してたのは事実ですし」

「ええ。とてもユルエールさんらしいと思います。ですよね、ミナさ……って、ミナさん!?」

 シャノが話をまとめながら振り向くと、肝心のミナはなぜか落ち込んでいた。

「……シャノちゃん。あたしも勇者なんだけど、みんなに頼りにされたいんだけど、今日も聖剣スキルで洞窟壊しかけてるよね……毎回クエスト失敗してるし……」

「なんか別の後悔を引き起こしてしまいました!?」

「ユルちゃんが格好悪いなら、あたしも結構問題ある方かも……!?」

 剣技が使えない騎士より、問題あり過ぎる勇者がいるらしい。

「だだだ、大丈夫ですよ! それはほら、ミナさんの失敗は私達みんな理解した上で、クエスト受けてますし! それにミナさんがクビになったら誰がリーダーするんですか!?」

「んー、リリィちゃん?」

「……私も、詠唱で湖を消しちゃったり、失敗……格好悪い」

「リリィさん、それを言いますと、私も恥ずかしい詠唱で毎回皆様にお恥ずかしいところを……あれ、私も結構……」

 おおお、と自己嫌悪の連鎖に陥り、収集がつかない初心者四人。

 そこで、ミナは気づく。

 このパーティって、なんていうか……

「ねえ、ユルちゃん。あたし思うんだけどさ。心配されたくない気持ちは嬉しいけど……あたしのパーティって、剣技が使えないくらい普通な気がしてきた!」

「そうなんですの!?」

「むしろ鎧をつけたら普通に戦えるユルちゃん、すごいと思う。それにさ、上手くいかなかったら、これから頑張ればいいんだよ! あたしの聖剣とか、リリィちゃんの詠唱みたいに」

 ミナだって失敗続きだが、成長ゼロではない。

 温泉でシャノに言われた通り、新スキルを身につけたりと、進化しているのだ。

 気を取り直し、ユルエールに笑顔をみせる。

「じゃあさ、せっかくなら今回のクエスト目標に、ユルちゃんの攻撃当てよう目標を追加しよう!」

「え。今から目標決めて大丈夫なのです……?」

「前回もそんな感じだったでしょ? それに、温泉入ってパワーアップしたから大丈夫! それに、うちのパーティの前縁はユルちゃんしかいないもん」

 ミナは将来、勇者になりたい。

 そして本当に冒険者ライセンスを取ったその時、ミナを守る前衛の騎士は、ユルエールで居て欲しいのだ。

「よーし、落ち込んではいられないね! 今回は、ユルちゃんの攻撃当てるぞー! どうやったらいいかなぁ……うーん……!」

 眉を寄せて、次の作戦を一生懸命に考えるミナ。

 そのせいで、ユルエールがほんのりと唇を綻ばせ、目尻を緩めたのを見逃してしまう。

「……そうですわね。わたくし以外に、このパーティに前衛はいませんもの」

「そうそう、ユルちゃん居ないとだめだよ? 美味しいご飯も食べれないし!」

「もぅ、ミナったら。じゃあ、このクエスト終わったら、美味しい鍋料理を用意しますわ」

「やったー!」

 ミナはぱああっと浮かれた顔を輝かせ、改めて洞窟を進んでいく。

 そんな彼女を眺めながら、リリィとシャノはつい揃って口にした。

「あれを無自覚でやってしまうのに、本人は特徴がない、ですからね……もしかしたら意識してやってるのかもしれませんが」

「ん……どっちかな……」

 もしかしたらミナは、ユルエールを勇気づけるべく、わざと勢いよく元気付けているのかもしれるのかもない。

 天然かもしれない。

 どちらにしても。

 このパーティの隊長はやっぱりミナであり、前衛を務めるのはユルエールしかいない、と改めて感じた二人は、こっそり顔を見合わせてくすりと微笑みを零すのであった。

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