3―4 初心者勇者、温泉を見つける


 ミナ達はあまり整備されてない山肌、というより山岳ナナメ七十度くらいある明らかに人類が歩くべきでない道をうっかり登り、迷子になっていた。

「本当にこっちかなぁ。なんかすごい山道で……お、おおっ!?」

 そんな彼女が見つけたのは、山間に沸いた天然の秘湯であった。

 岩肌の合間から白い湯気をもくもくと昇らせるその湯はきれいに透き通っていて、手で触れると程よい熱さを保っている。

 おおー! と目を輝かせるミナ。とはいえ、

「温泉、本当にあった……けど、入ったら駄目だよね?」

 いかに遊び好きなミナ達でも、クエスト中に温泉は迷う。

 が、リリィが水質調査を行ったところ、面白い効果が発見された。

「この温泉……入ると、レベルアップするかも」

「「「!?」」」

 リリィの説明は嘘ではない。

 実はこの秘湯、大地のマグマによる魔力循環にくわえて火の精霊の加護がふんだんに含まれた、秘宝級の秘湯だったのだ。

 王都でその存在が知られたら大騒ぎになるだろう。

 もっとも、レベル99の彼女達には殆ど効果がないのだが。

「んー……レベルアップは、冒険者にとって必要なことだもんね」

 ミナはちらちらと岩場の陰を確認する。

 人気なし。

 いまは仲間の四人だけ。

 そのうえ山道を進んだせいか、耐熱防具を装備してても汗が零れるのは仕方ない。

「シャノちゃん、守りの結界、お願いできる?」

「レベルアップに必要となれば、冒険者として自然なこと……です、よね?」

 シャノはちょっと自分に言い訳しながら、魔法結界のアイテムを取り出した。



「なんか貸し切りのお風呂みたいですごいね~」

 湯船にのんびり浸かるミナが、空を見上げながら頬をゆるめていた。

 血色のいい頬はほんのりと赤味を帯び、ゆるゆると寛いでいる。

 のほほーんと息をつくミナの隣では、髪をお団子にまとめたシャノがうっすら頬を染めている。

「クエスト中の温泉って、罪悪感がありますね……」

「いやいや、あたし達もばっちりレベルアップ中だよ! いま強くなってるよ!」

 パワーアップ!

 と裸のまま万歳するミナ。

「ミナさん。はしたないですよ」

「いやまぁ、女の子だけだし、いいかなって……秘密だよ?」

 そういうミナもちょっと恥ずかしくなり、胸元を包んでそーっと湯船に身体を隠した。

 ついでに、あることを思い出してシャノに近寄る。

「そうだ、シャノちゃん。秘密といえばさ……今回のユルちゃん、何か隠してない?」

「……はい。確かに、私もちょっと様子が変だな、とは」

「シャノちゃんも理由聞いてないかぁ」

 『騎士の証』なんて普段のユルエールなら「わたくしにお任せなさいな!」と先頭に踊り出そうなのに、今回はちょっと怖がっている気がするのだ。

 観光中は元気だったけど、火山探索は気が乗らなそうだし……。

「うーん。リリィちゃんの時みたいに相談してくれたらなぁ」

「ミナさんは、ユルエールさんのお力になりたいのですね」

「もちろん! ユルちゃんはね、まず料理が上手で、ご飯が美味しいでしょ? それに美人だし話してて楽しいし、ご飯が美味しくて」

「ミナさん、それはお力になりたい理由でなく、ユルエールさんのすごい所ですよ」

「はっ、そうだった! でもね、それくらい凄いし一緒だと楽しいから、あたしも手伝いしたいんだよね。あたしはいつも食べる専門だし、ほかに得意なこともないし、クエストも失敗続きだし……」

 自分にも凄い特技や必殺技があったらなぁ。

 ミナの返事に、シャノは羨ましそうに目を細める。

「ミナさんには、クエスト失敗や特技より、もっと素敵な特徴があると思いますよ」

「そう?」

「ええ。いつも明るくて元気ですし、すぐ人と仲良くなれるところです」

 リリィちゃんにも言われたなぁ、とミナはちょっと思い出す。

 自分の良い点というのは、中々自分では分からないものだ。

「それにクエストが失敗続きといっても、最近ちょっと成長を感じます。ミナさんも聖剣を使えるようになりましたし、リリィさんもこの前初めて、詠唱を成功させましたし」

「おおー……そうだねぇ~……」

 確かに、失敗の中にも成長があるなぁ、と思い出すミナ。

「じゃあ今回も、上手くいったらユルちゃんパワーアップだね! あ、じゃあ、ユルちゃんに話聞いた方がいいのかな」

「うーん。まだ悩み事があると決まった訳ではありませんし、隠し事を私達の側からぐいぐい曝くのも……ミナさんにも、言いにくい隠し事はありますよね」

「あったかなぁ」

「体重」

「あっ、それは秘密だね。……シャノちゃんも秘密あるの?」

「それは秘密です」

 ふふっ、と上品に笑うシャノ。

「まあでも、私もそれとなくユルエールさんにお尋ねしてみますね」

「うん! お願い!」

 よーし、あたしも聞くぞー。

 お風呂でゆるんだ頬をひきしめ、ミナはむふんと気合いを入れる。

 どうやってユルちゃんに尋ねよう?

 ミナは一生懸命に考え込んでしまったせいで、シャノがぼそっと「私も、成長しないと……」と呟いたのを聞き逃してしまう。

 そこにようやく、鎧を外すのに手間取ったユルエールが姿を見せる。

「あ、ユルちゃんいらっしゃい! あのね……」

 早速質問しようーー

 として、ミナ達は固まった。

 ユルエールは普段、愛用の鎧に身を包んでおり素肌を晒さない。

 宿舎でも長袖の厚着が多いため、素肌を目の当たりにするのは珍しいのだが……。

「シャノちゃん……あたしの前に、ふたつのメロンがあるよ……」

「私の勘違いでなければ、確かに……!」

 騎士と呼ぶにはしなやかな身体つきに、それはもう形のよい二つの果実に釘付け。

 ユルエールが湯船につかれば、湯の浮力で浮かぶほど。

 ミナとシャノはつい見つめてしまいつつ、己のものと比べる。

 彼女達は平均より少し上であるものの、その差はオークとドラゴンの如く。

「シャノちゃん……あれが将来伝説になる騎士なんだね……すでに圧倒的だよ……!」

「ええ……私も、伝説というのを初めて見たかもしれません」

「ど、どうかしましたの、ミナ。シャノ。わたくし、何か変ですの? やはり鎧がないとダメですの!?」

 ユルエールが居心地悪く、身体を隠しながら照れている。

 その圧倒的な存在感を前に、ミナ達は今まで何の話をしていたか、すっかり忘れてしまった。


 そんな三人を横目に、全体的に水平なリリィは聞いてないフリをしつつ、ほんのり耳まで赤くするのだった。


 そのせいで、彼女達は見逃してしまう。

 温泉の真ん中から、ぽこぽこと、不自然な泡があふれ始めていたことに。

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