2―11 初心者勇者、魔法使いに三周年のお礼をもらう


 クエストを終えて帰宅したミナ達だったが、リリィは準備があるから、と自分の部屋に戻ってしまった。

「リリィさんからの提案は珍しいですね。いつもは、ミナさんかユルエールさんが率先しているので」

 シャノは、リリィの提案が楽しみらしい。

 ミナも期待しながら椅子を揺らしていると、ユルエールがくすっと笑う。

「でも案外、良い話とは限らないかもしれませんわよ? 例えばミナに、日頃の迷惑ぶりを反省して欲しい! と反省文を突きつけてきたり、なんて」

「え、そ、そんなことないよ!? ……ないよね!?」

 とはいえ心辺りは沢山ある。

 あり過ぎる。

 毎回迷惑をかけまくっているのはミナだし、詠唱をぶっ放せ! とお願いして湖を消し飛ばしたのも、半分……いや殆どミナのせいだし……。

 あわあわしている所にリリィが戻ってきた。

 その両腕には、小瓶や袋詰めのお菓子が抱えられている。

 もしかして、激辛お菓子では……?

「……り、リリィちゃん……その袋は……あたしへの罰ゲームの激辛クッキーとか……本当にごめんなさい! いつも迷惑かけてすいません、なんでもしますから許してください!」

「?????」

「気にしなくていいですわよ、リリィ。それで、そのお菓子は……?」

「あ。えと……みんなに、あげる」

「綺麗なお菓子ですね。これは……金平糖?」

 シャノが手に取ったのは、小瓶に詰められたカラフルな星形のお菓子だ。

 なになに? とミナが早速ひとつまみすると、こりこりと甘い砂糖の味が広がった。

 リリィはさらにお手製の、こんがり綺麗に焼かれた星形クッキーをテーブルに広げていく。

「これも……えと、みんなに」

「ありがとう、リリィちゃん! でもどうしたの? なにかお祝い事あったっけ?」

「……?」

 首を傾げるミナ。

 首を傾げるリリィ。

「……パーティ結成、三周年……」

「あ、あーーーーっ! 忘れてたあああああ!」

「なんですの? 三周年って」

「ああ。初心者の館に、パーティ申請登録をしてから三年目の記念ということですよね、リリィさん」

 ユルエールに理解の色が広がる。

「あらまあ。ありがとうございます、リリィ。でも、秘密にすることもございませんでしたのに」

「……ミナが、秘密にしたいって……あ、あと、私も、ちゃんとお礼をしたくて……それで……」

 一生懸命に説明したリリィは、それからようやく、用意していたお礼の言葉を口にしようとした。

 彼女が詠唱をがんばったのは、仲間達に日頃の感謝を伝えるため。

 それと、湖を消してしまってごめんなさい、という謝罪もしたかった。

「…………」

 今回は、ごめんなさい。

 そして。

 いつも仲良くしてくれて、ありがとうーー

 魔法詠唱まで頑張って、なんとか伝えようとした言葉は、

「あ、あの、……あ、うぅ……」

「?」

 うまく口に昇らず、リリィは赤面して、机の下に隠れてしまった。

 詠唱ひとつできた程度で、お礼が言えるような度胸には足りなかったのだ。

 どうしよう。

 思わず引っ込んでしまい、もっと言いにくくなってしまった……と、リリィがもじもじしていると。

「リリィちゃん。どうしたの?」

 机の下に、ミナがひょっこり入ってきた。

「う、あの……」

「うんうん。なんでも言ってね?」

 その太陽のように眩しい笑顔は、相変わらずリリィには優しくて。

 リリィはほんの少し、躊躇いながらも……

 こんな風に声をかけてくれるミナや、みんなにお礼を言いたかったのだ、と。

 小さな勇気を、振り絞る。

「あの……い、いつも、ありがと……お世話になってます……」

「うん? あたしの方こそお世話になってるよ?」

「そ、そうだけど……一度、きちんとお礼言いたくて……だから、詠唱が上手に……」

「詠唱?」

「パーティに誘ってくれたこととか、ちゃんとお礼言ってなかったから……詠唱をちゃんとできたら、みんなにお礼言えるかなって……」

 ミナ達がきょとんとし、ようやく理解する。

 もしかして。

 今回、リリィが一生懸命にがんばっていたのは……

 お礼をきちんと言うため?

(……り、理由が可愛い!)

(可愛いですわね)

(可愛い……)

 全員の心が一致した瞬間であった。

 ミナ達は顔を合わせて、つい頬がゆるむのを感じながら、シャノがかがんでリリィに視線を合わせる。

「リリィさん。私達だってリリィさんには、いつも感謝しています。……そういえば、改めてこう告げたことはありませんでしたね。私も、なんだか恥ずかしくて」

 ふだん言葉にしにくいのは、リリィに限ったことではない。

 仲間に面と向かってお礼をするのは、誰だって照れくさいのである。

 シャノが机の下にもぐって礼をする。

 それに続き、ユルエールもごそごそと机の下へ。

「ありがとうございます、リリィさん。私も、いつも感謝してます」

「そうそう、リリィちゃんありがとね!」

「わたくしも改めて言うのは恥ずかしいですけれど……その。いつも感謝していますわ」

 気づけば全員がリリィを囲い、花のような笑顔を浮かべていた。

 えへへー、と喜ぶミナ達。

 すると、リリィは……

 机の下で、バタッと倒れてしまった!

「リリィちゃん!?」

「…………」

「大丈夫!? どうしたの!?」

 リリィはそのまま沈黙してしまい、ミナ達は大慌てでシャノに回復魔法をお願いする。

 もちろん、リリィは病気でも怪我でもない。

 感情が溢れてオーバーヒートしてしまい倒れた、というのは彼女だけが知る秘密であり……

 幸せが胸いっぱいに溢れすぎて、受け止められなかった、なんて。

 恥ずかしくて、誰にも言えないことなのだった。


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 初心者の館 クエスト報告レポート


 クエスト:マレイ湖近隣の植物採取の準備のためにポーション10個用意する

 結果:失敗/ポーションの素材を集めるための湖が爆発四散したため

 取得アイテム:

 メノミの果実5個

 毒蛇の鱗

 毒蛇の牙

 毒蛇の液体を浄化して調合した魔力完全回復薬

 報告書:マレイ湖にて薬草採取の最中、サーペントナーガと遭遇。従来報告されているものより大型であり、腐毒の影響が広範囲に及んでいた。

 また毒素の影響を受けたメノミの果実は魔力を多分に含んでおり、十分な解毒を行うことで魔力回復薬への応用ができると判明。この現象がメノミの実特有のものか、モンスターの毒素による変質かを次回より詳しく考察したいと考える。

 あと……仲間のみんなと、仲良くなれて、うれしかったです。


 報告者:リリィ=リリ

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 館からのお返事:


 学術的に大変貴重な考察ありがとうございます。

 ですが本クエストの目的は植物生態の考察ではなく、ポーションを準備することです。

 次回もし湖を大爆発させてしまった時は、その考察力を生かして魔力完全回復薬を作るよりも、帰り道にて道具屋でポーションを購入してくれると、とても嬉しいです。


 それと、仲間と仲良くなれて良かったですね。


 回答者:ロジーナ=クライン

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