2―9 初心者勇者、大蛇と対決する(下)


 ヒュドラの毒液を、剣で弾くユルエール。

 側面からの攻撃にはミナの聖剣で対応し、打ち漏らした毒はシャノの魔法アイテムで完全に遮断する。

 中心にはリリィが立ち、魔法詠唱をがんばってもらう大作戦。

 名付けて、

「リリィちゃん絶対守るフォーメーション!」

「……アンタ達それ本気?」

「ほ、本気だよヴェリルちゃん!? ほら、三方向から完璧に守れてるじゃん!」

「まあ理は通ってるけど……緊張感が……」

「さ、リリィちゃん! あたし達が時間を稼ぐから、ゆっくり頑張ろう?」

 すかさずロッドを構えるリリィ。

 しかし巨毒蛇も、敵の魔法を座して待つほど愚かではない。

「地の底に眠りし炎……ほ、ほのっ!?」

「わ、わわっ!?」

 ぐらりとミナ達の足下が揺れ、リリィの詠唱が中断される。

 毒蛇は湖の底から大地の壁に体当たりすることで、彼女達のバランスを崩したのだ。

 さらに湖より三つ首を覗かせ、毒弾を空へと放つ。

 弓の曲射のように降りそそぐ毒の雨は、ダメージこそないもののシャノの結界を揺らし、リリィはあたふたして詠唱がままならない。

「ミナ。あんなに頭上から打たれては、迎撃しにくくてたまりませんわ」

「敵も手ごわいなぁ……けど、それを乗り越えてこそだよね。よし、作戦チェンジ!」

 ミナは防御陣形を破棄。

 切り替えの速さは、本人には自覚のない【勇者】の戦闘センスの賜物だ。

「リリィちゃん。ここは得意のファイアボールで押し切ろう!」

「え。でも……ファイアボールだけだと、威力が……」

「一発だけなら足りない、だよね?」

 ふふっ、とミナは笑顔でみんなに次の作戦を通達した。

 名付けて『お鍋ぐつぐつ大作戦』である。

「また変な名前の作戦を……」

「まあまあ聞いてよユルちゃん。あのね? ごにょごにょ……切り札はシャノちゃんで……」

「ふむふむ……分かりましたわ。名前はとにかく、やる価値はありますわね」

 概要を聞き、剣を構える騎士ユルエール。

 その瞳は、やるぞ! と強い意気込みが輝いている。

「では、わたくしは左を!」

「あたしは右! リリィちゃんは真ん中をお願い!」

「っ……ファイアボール!」

 リリィの【ファイアボール】とミナの聖剣スキル【物干し竿】、そして騎士スキルの遠距離攻撃【空波】による三連続攻撃。

 毒沼より覗かせたモンスターの三つ首を貫き、一時的に沈黙させる。

 再生力に長けるヒュドラといえど、八つの頭のうち三つを破壊されてすぐに動くのは難しい。

 その隙をついて、

「シャノちゃん! お願い!」

「っ……不細工ヘビさんのぬるぬる鱗、気持ち悪い毒の色! そんなものは大きな壁で塞いじゃえ! 【ウォールプロテクション】!」

 シャノの詠唱とともに出現したのは、超巨大な壁の結界だ。

 空にも届かんほどに分厚いバリアは、通常なら前面への守りに特化した防御壁。

 そこへ、ミナは号令とともに指をつきつける。

「シャノちゃん、ゴー!」

「はい! 結界の壁よ、あの怖い怖い蛇さんを閉じ込めて!」

 シャノの合図とともに、白き壁がごごごっ……と傾き。

 ずどーん、と。

 湖に巨大なフタをするかのように、湖面を閉ざしてしまった。

「アンタ達……あり得ないでしょ、湖まるごとフタするって……」

「よーし、お鍋のフタ作戦完了! トドメだよ、リリィちゃん! ファイアボールを打って打って打ちまくって、湖を熱くしちゃおう!」

 マジかこいつらと呟くヴェリルの横で、リリィは力強くロッドを握る。


 ――このチャンスは逃せない、とリリィは思った。

 仲間達の前で失敗を繰り返したくないし、ミナの期待にも応えたい。

(……でも、普通のファイアボールだと威力が足りないかも)

 リリィは汗ばむ手のひらに熱を込める。

 彼女の持ち味は知識量もさることながら、応用力の高さにもあった。

 ポーションの改良や、シャノの持つ魔法アイテムの改良は、彼女のアレンジ力の賜物だ。

(普通のファイアボールだと、届かない。魔術はイメージ。詠唱を、得意な形に持っていく。それなら威力もあがるはず)

 先程マグマを思い浮かべた時は、不発に終わった。

 詠唱失敗の問題もあったけど、マグマを綺麗にイメージできなかったのだ。

 なら、リリィの身近でもっとも熱量があり、イメージしやすいものは何だろう。

 ちょっと考えて……

 リリィは、ロッドの先に炎を灯す。

 【魔法使い】リリィ=リリにとって、身近で明るい太陽は、ただひとつ。

「わ……我が炎に答えよ、友よ! 日の光のごとき勇者の熱をもって、邪悪なものを打ち倒せ!」

 リリィの凛とした声。

 詠唱が正しく形を結んだのは、ひとえに、彼女にとって最もイメージしやすい存在だったから。

「ファイアボール=ミナ!」

「……ん?」

 そうして放たれた炎の塊は、水中に飛び込むなり、人間の形へと変形し……

 燃えさかる勇者ミナの姿をまとい、笑顔で毒沼の奥深くへと突撃していった。

 リリィ独自の詠唱から、魔法をアレンジしたのだ。

「すごい! ファイアボールがあたしの姿になってる!」

「いやそうはならないでしょ!」

 ミナとヴェリルの声が重なる中、リリィはより火力を高めるべく、吠える。

「ふ、ファイアボール! ファイアボール! もっともっとファイアボール!」

 連打。

 連打。

 さらに連打。

 彼女の願いを受けた炎の嵐が、湖へと降り注ぐ。

 水中のヒュドラは、空より降り注ぐ流星のごとき業火に恐怖したことだろう。

 紫の毒をものともせず、どどどどどーっ、と燃えさかる数十人の炎のミナが、笑顔で突撃してくるのである。

 これはやばい。

 マジやばい。

 ヒュドラはぎょっとして八つ首共々逃げ出そうとしたが、あいにく湖はシャノにフタをされていた。

 魔物は既に、詰んでいたのだ。


 誤算があったとすれば、リリィに気合いが入り過ぎていたことと、詠唱に成功したことだろう。

 数倍もの威力となったファイアボールは強大な熱を帯び、結界でフタをされた湖全体に行き渡る。

 それはヒュドラを飲み込むのみならず、水中のあらゆる毒と水分を奪い尽くし『お鍋ぐつぐつ大作戦』の沸点を超えてしまい。

 シャノの結界にヒビを入れ、

 どーーーーん!

 と、限界を超えた。

「わーーーーっ!」

 ミナの悲鳴とともに、湖が大爆発。

 ……あとに残ったのは、湖であったはずの巨大な穴。

 空に散った水滴も残滓もすぐに、水蒸気のようにゆらゆらと立ち上っていく。

「………………」

 ミナは目をぱちくりさせ、驚いたものの……

 まあ、うん、と。

「えと……湖は消えちゃったけど、モンスターは倒したので問題ありません! うん。よくあるよね、スキル使うと迷宮が飛んだり、湖が消えたり……。つまり大勝利!」

「いやそうはならないでしょ普通! ていうかアタシの調査依頼クエストどう報告すんのよー!」

 ミナの勝利宣言にヴェリルがツッコミ、えへへ、と誤魔化すように笑うしかないミナ。

 その隣で、リリィは密かに頬を緩ませていた。

 彼女は今日。

 人生で初めて、詠唱をきちんと完成させることができたのだ。


     *


 その後、ミナ達は湖の爆発音にびっくりして現れた貴婦人と兵士に、事態を報告。

 どすどすと大きな足音で現れた夫人は、湖だったものを見るなり、

「んまぁぁぁーー! 私の、私の湖がーー!」

 ショックのあまり、ぶっ倒れてしまったのだった。

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