2―8 初心者勇者、大蛇と対決する(上)
サーペントナーガは、ヘビ系モンスターでは中位にあたる存在だ。
紫の鱗は見た目通りの毒をもち、水中のみならず地表にも現れては腐毒を撒く厄介な魔物、とシャノが解説してくれた。
「ときには水質汚染の原因になり、作物にダメージを与える公害でもありますね。もちろん鱗だけでなく、牙や、毒液を飛ばすポイズンガンにも気をつけてください」
「弱点はあるの?」
「熱や炎にとても弱い点です。高熱を当てると一気に弱まります」
「なるほど~……けど相手は湖に隠れてるんだよね……」
湖から追い出さねば、勝負にならないだろう。
ただ、サーペントナーガはわずかな温度上昇でも反応するという。
「じゃあ、湖を温めれば……リリィちゃんの魔法で、できる?」
炎系魔法には、お湯を沸かす熱系魔法もあったはず。
ミナの質問に、こくん、とリリィは頷いた。
「ん……がんばる……」
「うん! 相手が攻撃してくる訳じゃないから、落ち着いてね? ついでに魔法の練習しちゃおう!」
リリィに前をゆずると、彼女はいつものロッドを握りしめた。
深呼吸。
そして”熱”のイメージを探し出す。
……まずは、大地の底の、マグマ。
リリィの杖先に赤い熱が宿り、空気が震えた。
「ち、地の底に眠りし溶岩よ。汝の怒りを熱に変え、全てを炙りやきゅ、焼き、きゅっ……焼き尽くすねちゅとなれ!」
「惜しいっ」
「ヒートしゃうンド!」
惜しくも噛んでしまい、ロッドの先から狐火のような炎が落ちていく。
その赤い炎は毒沼に落ちるなり、ぽちゃん、と弾けるように消えた。……が、
「あ、ちょっぴり成功したみたいだよ? ほら、沼地が泡立ってるもん」
進歩だよ進歩! とミナが笑顔を見せた、そのとき。
水しぶきが爆発したかのように弾け、巨大な影が差し込んだ。
毒々しい螺旋模様を描いた蛇の鱗に、毒液したたる二対の牙。
高純度の魔力を詰め込んだ瞳がきらめき、ぎょろりとこちらを睨む二十メートル以上もの巨体を前に、ほわぁー! とミナは目を丸くした。
「サーペントナーガって、本で見たより大きいんだね! すごいね、ヴェリルちゃん!」
「ってこれサーペントナーガじゃないわよ、巨毒蛇ヒュドラの子供じゃないの! 誰よ自信満々に嘘ついたの!!!」
巨毒蛇ヒュドラ。
その毒は神をも殺すと言われ、蛇系モンスターの頂点に君臨する魔物である。
全てを腐らせる腐毒はもちろん、黄金の魔眼は睨むだけで相手を麻痺させる効果があり、事実、ヴェリルはしびれを感じてびりびりと震えていた。
並の冒険者なら動くこともかなわない、災害級モンスターである。
……が、ミナ達は「おおー」と感心しきりで気づいていない。
というか麻痺を認識していない。
「って、もうちょっと焦りなさいよ勇者ミナ! ヒュドラよ、ヒュドラ!」
「いやいや、ヴェリルちゃん。こんな王都の近くにヒュドラはでないよ。ねえ、ユルちゃん」
「まったくですわ。初心者用クエストですのよ?」
「……(頷くリリィ)」
「落ち着いて下さい、ヴェリル先輩。きっとあれくらいが普通なんですよ」
「アンタ達の存在が普通じゃないのよ!? あと四対一でアタシがおかしいみたいに言うの止めてくれない!? ってやばい、攻撃してきた!」
巨毒蛇ヒュドラの口より、高純度の毒液が放たれた。
シャノが防護アイテムを放ち、白色の魔法カーテンを展開するものの、その猛毒は結界を腐食し、どろどろと溶かしていく。
「わ、わわっ。魔法防御を貫通してきました!」
「じゃあ、こっちも反撃! 聖剣スキル【物干し竿】!」
ミナが剣に魔力を込めて解き放つ。
メノミの木を吹き飛ばした一撃はしなやかに伸びる光となり、ヒュドラの頭部を貫いた。
「ヒュドラを一撃!?」
「ううん、まだ生きてる! 本体は湖の底!」
ミナの感覚が捕えたのは、湖の底にうごめく魔力の塊だ。
ヒュドラは八つの首を持ち、胴体にある核が破壊されない限りいくらでも再生する。
ミナの火力が高くとも、頭を潰すだけでは退治できなさそうだ。
「うーん。湖から出さないと、やっぱり難しいね。……よし。リリィちゃんの魔法を完成させて、敵を湖から追い出そう! そこを倒す!」
「……でも、簡単ではなさそうですね」
シャノが見たのは、湖より顔を覗かせた三匹のヒュドラヘッド。
放たれる毒液は防護アイテムで遮断されるものの、結界にぶつかるたびに軽い衝撃があり、リリィは詠唱に集中できないようだ。
「うーん……そうだ! みんな、フォーメーションチェンジしない?」
「?」
「あたしに任せて!」
ミナが閃いた計画。
その名も『リリィちゃんの魔法発動大作戦』。
ふふふ、と彼女は聖剣を片手に自慢げに笑い、みんなに作戦を伝えるのであった。
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