2―7 初心者勇者、詠唱について学ぶ
休憩を挟んだのち、ヴェリルの魔法講義が始まった。
腰元のレイピアをくるりと回転させ、前方に構えるヴェリル。
「まず最初に。魔力を収束させる魔法の詠唱に、個人差があるのは知ってるわよね? 魔法の詠唱は、あくまで魔力を現実の現象に置き換える過程。その方法は、本人の体質や環境、思想によって強く影響を受けるのよ」
最初は渋々だったが、気を良くしたのかヴェリルは饒舌になっていく。
「そうね。自分の体質に問題がないなら、まずはイメージを固めて、それに結びつく詠唱をする。初心者の館で学ぶ詠唱は一例に過ぎないから、ある程度なら自分の思うままにアレンジしていいのよ」
と、ヴェリルはレイピアで刺突の構えを取り、左手を添えた。
「我が闇に応じよ炎、正しき者を塵と化す、紅蓮の宵刃となるがいい! 【ダークフレアエンチャント】!」
彼女の詠唱に、闇色の炎が蛇のようにレイピアへとまとわりつく。
「そして剣技。食らいつけ、闇の炎! 【邪蛇剣】!」
一突きと共に放てば、闇の蛇と化した炎が鎌首をもたげ、地表を這うように飛んでいく。
ヴェリルの付与魔法を生かしたスキル【邪蛇剣】は、闇と炎の両属性を含んだ遠距離攻撃だ。
ちなみに、ヴェリルのLvは26。
職業は【魔法剣士】にあたり、中級剣技に中級攻撃魔法、回復、補助そして闇魔力を用いた中級付与魔法を組み合わせた応用力の高さが武器だ。
ヴェリルは密かに(器用貧乏かも……)と悩んでいるが、ミナ達から見れば――
「「「す……すごーーい!」」」
「は?」
「ユルちゃん見た!? 付与魔法だよ、すごい!」
「鎧も装備せず、剣技を……天才……なの?」
「舌を噛まずに詠唱してる……神……」
「魔法を使っても恥ずかしくないなんて……あの、先輩と呼んでも宜しいですか?」
キラキラした眼差しで『先輩』を見つめる後輩達。
「せ、先輩……! ふ、ふーん! おだてても何も出てこないんだからね!」
ちょっと嬉しかった。
いや、すっごい嬉しかった。
でも魔族たるもの、勇者に褒められて、喜んではいけないのだ。
「コホン! とにかく詠唱はある程度自分の好きなように出来るし、得意な形に持ち込めば威力も上がるわ。まあ体質や適正魔力の影響も強いから、なんでもいい訳じゃないけど」
「へえぇ~! じゃあ、ヴェリルちゃんの詠唱の『我が闇の心に~』は自分で考えたの?」
「ぅ……そ、そうよ……だって…………格好良いし……じゃなくて。もうっ!」
「先輩すごい!」
「誉めても何も出ないわよ!」
ぶんぶんと手を振り、恥ずかしがるヴェリルであった。
その会話を、リリィはメモを取りながら整理する。
詠唱は、心のイメージ。
目的を達成できればいい。
「リリィちゃん、練習してみる?」
「ん。……うん」
ミナに誘われ、リリィはロッドを構える。
メノミの樹に焦点を合わせ、ふだんは苦手な氷魔法を頭の中で、イメージ。
たとえば冷凍室に詰め込んだ、氷の塊を思い出す。
「詠唱……イメージ……ぅ……こ、凍れ凍れ、凍えてカチカチに固まって……」
杖先に冷気が疼いた。
炎を得意とするリリィには珍しい、氷魔法だ。
一度も成功したことのない魔法『アイスブレード』を完成させようと集中しているのだ。
「うまくいきそう! 頑張って、リリィちゃん」
「もう一息ですわ!」
「いけます、リリィさん頑張って!」
「…………」
わーわーと応援するミナ達。
が、応援するたびに、リリィの杖先がぷるぷると震え、そして、
「ふ、ファイアボール!」
なぜか炎が炸裂し、メノミの樹を全焼させた。
「いや何でよ!?」
「……みんなに応援されて、緊張して……」
「勇者達めっちゃ邪魔してるじゃないの!」
詠唱のコツを学んでも、人見知りや緊張し過ぎな性格は治らない。
「失敗……」
「でもさ、リリィちゃん。今のいい感じだったよね? 次は大丈夫だよ! ね、ユルちゃん!」
「そうですわ。失敗は成功のもと、と言いますもの」
「それに普段のファイアボールだって、私達の中では最高火力ですものね。見てください、炎耐性のあるメノミの木も、一撃で……」
と、シャノが燃えるメノミの木を示すと、ジュッと焦げる音とともに異臭がした。
内側からゆらりと、紫色の煙が蒸発するように立ち昇っているのだ。
本来のメノミの木では、有り得ない現象。
「ユルちゃん。あれって腐食毒が溢れてるの?」
「ええ。炎に焼かれて、浸透していた毒が蒸気になったようですけど……この毒、炎に弱いんですの?」
はっとリリィが顔を上げた。
ミナの袖をくいくいと引いて耳打ちする。
「湖のモンスターの正体、分かった。サーペントナーガ……だと思う」
サーペントナーガ。
それは腐食毒を持つ、中型の蛇系モンスターだった。
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