2―6 初心者勇者、魔法の師匠を見つける


「うーん……もう少し、素材、欲しい……」

 メノミの実を解析し終えたリリィは、ちょこんと可愛く考え込んでいた。

 メノミの実だけでは、検証に足りないらしい。

「じゃあ後は、ユルちゃんとシャノちゃんの素材を見てからだね!」

 そんな風に楽しく話をしていると、シャノが慌てて走ってきた。

「ミナさん、リリィさん、大変です! ゆ、ユルエールさんが、た、食べっ」

「食べ? ユルちゃん、メノミの果実たべちゃったの?」

「いえ、どちらかと言えば食べられた方と言いますか!」

 何それ!?

 と、ミナ達が急ぎ植物採取中のユルエールへかけつけると。

 彼女はウツボカズラのような巨大植物に頭から齧られ、足をバタバタさせていた。

「ユルエールさんが、植物の中に人がいるから助けようと、慌てて飛び込んで……!」

「いま助けるからね! えーと、聖剣スキル【睡眠打撃】!」

 よく分からないスキル名を口にして、こん棒のように変形した銅の剣を叩きつける。

 効果があったのか、ウツボカズラは力を失いぐたりと地面に倒れた。

 その口からユルエールと一緒に飛び出したのは、見覚えのある褐色肌の少女だ。

「ヴェリルちゃん!?」



「ふっ……また会ったわね、新米勇者ミナとその仲間達! あたしの名は、ヴェリル=カノン! 勇者を倒し、世界を混沌へと導く女よ!」

 救出されたヴェリルは相手がミナと気づくなり、耳をぴーんと立てて開戦宣言をした。

 が、その身体は植物モンスターによる白い液体でべたべたである。

「よだれまみれで言われても……」

「うるさいわよ、勇者ミナ! それと騎士ユルエール、助けてくれてありがとうなんだからね! ふんっ」

「感謝するか敵対するかのどちらかにしてくださること!?」

 言い返すユルエールも、よだれでべとべとであった。

 ご自慢の銀の鎧まで汚されてしまい、そのうえ微妙な感謝に歯ぎしりしている。

「第一アナタ、敵を助けてどうするつもり? アタシに謝礼でもねだる気?」

「べ、別にわたくしだって、助けたくて助けた訳ではありませんわ! ただ……その……」

 ユルエールは唇をもにょもにょさせたのち、

「は、反射的に助けただけですわ! 困っている人を見捨てるのは、騎士道に反する行為ですし! 調子に乗らないことですわね!」

「それ助けたくて助けたって言うんじゃないの……」

「ユルちゃんは口ツンツンだけど、すっごく優しいからね!」

「~~っ! もう、ミナ!?」

 ミナにまで突っ込まれ、頬まで真っ赤にしながら怒るユルエール。

 まあ全員知っていたことではあるけれど……。

 と、ヴェリルが嫌そうに溜息をつく。

「呆れてものも言えないわ。……ほら、来なさい、騎士ユルエール」

「? なんですの?」

「そこに立って」

 指示された場所に立つと、ヴェリルは掌で十字を切り、魔力を集中させた。

「清き水の力を抱く精霊よ、穢れし身を清らかな姿へ戻したまえ! 【クリアランス】!」

 ヴェリルの掌に白い光が集まり、輝きとともにユルエールへとふりかかる。

 ユルエールの鎧にまとわりついた白い涎が、じゅわっと音を立てて消え去った。

「わ、すごい! きれいになる浄化の魔法!」

「なによ。魔族が聖属性魔法を使っちゃいけない決まりはないわよ?」

「ううん、じゃなくて、いま……ヴェリルちゃん、魔法すっごい上手だった!?」

「アンタね、アタシこう見えて職業【魔法剣士】なんだけど……」

 【魔法剣士】とは文字通り、魔法と剣技を複合的に使える職業だ。

 ぼっちの時が多いヴェリルは、自前でカバーできる応用力の広いスキルを主に取得しており、【クリアランス】も汚れを払うのに便利な聖属性の生活用魔法である。

 が、ミナの注目点はそこではなく。

「そうだ! あのね、ヴェリルちゃん。リリィちゃんに詠唱のコツを教えて欲しいの」

「はい?」

「あのね? あたし達いま、湖の調査してて……かくかくしかじか」

「何でアタシが? アンタが教えなさいよ、ミナ」

「あたし魔法は全然駄目なんだよね。剣から何かは出るんだけど!」

「わたくしも剣一筋ですわ……」

 ヴェリルはシャノを睨む。

 シャノはすーっと視線をそらした。

「アンタ達ねぇ……」

 ヴェリルはふんと悪態をついて断ろうとした。

 勇者に協力する魔族が一体どこに居るのか。

 そんなの一族の裏切り者だし、他の魔族に示しがつかない。

 しかし……

 ピンチを助けてもらって恩義の一つも返さないのは、魔族としていかがなものか。

 それに、彼女達の目的は湖の毒沼化事件の解決。

 実は湖の夫人に依頼されて毒沼事件を解決にきた冒険者こそ、ヴェリルである。

 油断してうっかり食べられてしまったが……

 上手くこなせば、報酬がっぽり。

 久しぶりに美味しいご飯が食べられるし、家賃滞納も解消できるかもしれない。

「分かったわよ。今回だけね」

「やったっ」

「今回だけよ! チョーシに乗らないことね!」

 勇者のためじゃないんだからね。

 勘違いしないでよね!

 アタシはアンタ達の敵なんだから!

 人差し指を突きつけるヴェリルであったが、ユルエールはなんとも微妙な顔で、

「ヴェリル。あなた、わたくしをお人好しと罵る前に、自分を顧みては如何でして?」

「うるさいなぁ!」

 ヴェリルはつーんとそっぽを向きながら、でもやっぱり人の良さを隠しきれず、耳まで赤くするのであった。

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