2―4 初心者勇者、湖の異変解決に挑む
クエストを受けた翌日、ミナ達はマレイ湖を目指していた。
ほのぼのとした草原を眺めながら、馬車に揺られてゆるりと進む。
「シャノちゃん。マレイ湖ってどんなとこなの?」
「マレイ湖は、王都の中ではよくある小さな湖ですね。ポーションの原材が自生していること以外だと『メノミの実』という甘い果物があるくらいですけど、魔物除けを撒けば泳げるくらいに綺麗な湖です」
「へえぇ、楽しみー! せっかくだし、ちょっと水遊びしてもいい?」
思わず馬車で身体を揺らすミナ。
彼女の夢は勇者になって、沢山の地を冒険することなのだ。
「まったくもう……ミナ、遊びに行くんではありませんのよ?」
「でもさ、ユルちゃん。綺麗な湖に足つけて、冷たーい! って遊びたくない?」
「うっ」
「着替えは持ってきたし、泳げたら魚とか捕まえられるかもよ? もしかしたら湖の底から、伝説の剣とか見つかったり、湖の底に地底神殿があったり!」
「そ、それは興味深いですわね……」
割とあっさり興味を乗せられるユルエール。
「普通の湖で、地底神殿は見つからないかと……見つかりませんよね……?」
シャノの心配を余所に、ミナはむふふと期待に揺れる。
新しい植物や採取物に、新しいモンスター。
新天地の探索はいつだって心がわくわくする。
ミナは、見たことのない土地を見るのが大好きだった。ついでに泳げる。
むふぅ、とミナは美味しいお菓子を口にしたように、唇をゆるめて嬉しそうだ。
……で、到着したミナ達が見たものは。
どろどろの紫色に染まり、ぽこぽこと泡立つ毒沼であった。
「……変わった湖だね。泳ぐにはべたべたしてるかなぁ」
「問題はそこじゃありませんわよね!?」
ツッコミが炸裂する合間に、リリィが『マレイ湖』という看板を見つける。
この毒沼が、当の湖で間違いないようだ。
「湖だけでなく、植物も変質してますね。何か異常な変化が……?」
シャノが湖の傍で枯れた薬草を手に取り、リリィに観察してもらう。
リリィが溜息をついてるのを見るに、深刻なものらしいーー
「あらまぁ、あらまぁ! まだ毒沼事件は解決しないのかしらぁ?」
と、そこに湖中に響くキンキン声が届いた。
振り向くと、毒沼のような紫色のドレスを着た夫人が、見張りの兵士に怒鳴りつけていた。
ミナ達が眺めていると婦人がこちらに気付き「まあまあまあ!」と、丸太のような身体を揺らし、ドスドスと足音を鳴らして迫る。
「あなた達ですか!? この毒沼クエスト解決に来た冒険者は!」
「毒沼クエスト、ですか? たぶん違いますけど……やっぱり湖、おかしいんですか?」
「んまあぁぁ、そんなこともわからないのぉぉぉ?」
文句ばかりの婦人の脇から、兵士がぺこりと挨拶した。
なんでも三日ほど前に、マレイ湖が突然毒沼化してしまったらしい。
冒険者ギルドに調査依頼を出し、受理して貰ったものの、担当の冒険者が来ないのだとか。
話を聞いたミナが、はいっ、と手を挙げた。
「あたし達は薬草採取に来た初心者ですけど、あたし達も事件解決を手伝います!」
毒沼化を解決しなければ、ポーション作成どころではない。
そう話すと婦人は「んまぁ、金は出しませんけど心がけは宜しいこと!」と喜び、ミナ達に後を任せてさっさと帰ってしまった。
兵士のふたりが謝罪する。
「すいません。あのご婦人、昔から湖に別荘を構えているのですが、あの性格で……。マレイ湖はモンスターも多く、移住を勧めているのですが、なぜか聞かない上に毎回クレームをつけてきまして」
「へえぇ。こんな所に住んで何してるんだろうね?」
「それは、私達にも……。それと、毒沼事件への解決ご協力は有難いのですけれど、初心者の方々には荷が重いのではありませんか? 第一、原因も分かっていませんし」
「うーん」
悩むミナの袖を、リリィが引いて耳打ちしてきた。
「どうしたの、リリィちゃん。え? 原因は……湖に潜むモンスター?」
「なぜ、モンスターだと?」
「なになに? えーと……湖の毒沼化はステータス異常“腐毒”が原因だけど、自然現象での腐毒は地下洞窟のガスが原因で、湖には起きにくい。なので湖全体を毒化させるなら、湖に住み着いたモンスターが生態的に腐食毒を持ってる可能性が高い……だそうです!」
人見知りなリリィの助言を翻訳すると、兵士達は目を丸くして礼をした。
「し、失礼しました。初心者の方と遠慮していましたが、モンスターにお詳しいのですね。……では、お願いしても宜しいでしょうか。報酬は必ず、見合うものをご用意させて頂きます」
「はーい!」
ミナは胸を張って、その依頼を受けることにしたのであった。
とはいったものの。
「で、どこから手をつけるのです、ミナ?」
「んー……はい、リリィちゃん!」
丸投げされたリリィはあたふたと説明した。
「ん……まず、湖のモンスターの正体を突き止める……そのために、ええと……」
「ふむふむ。水や植物を採取して分析して、モンスターの正体をリリィちゃんに分析して貰う、と。じゃあ、今日は全員リリィちゃんの指示に従うように!」
敬礼! と声をかけたミナは自分から「ははーっ」とリリィに頭を垂れる。
「お願いします、リリィちゃん隊長!」
「た……隊長……?」
リリィは思わずびびる。
隊長なんて無理。
ミナみたいに前向きじゃないし、頑張れる性格ではない。
けど……
リリィ自身も、自分を変えたいと思っていた。
それに、ミナに期待されたのなら。
「ん……が、がんばる……!」
こくこくと頷き、パーティで一番ちいさな身長をぐーっと背伸びさせ、みんなを奮起させるのであった。
その姿がまた、
(今日のリリィちゃん、気合い入ってて可愛いなぁ)
(可愛いですわ……)
(可愛い……)
みんなに愛らしい眼差しで見られていたことに、リリィは最後まで気づかなかった。
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