2―3  初心者勇者、新しい装備を買う(はずだった)


 シャノがその提案をしたのは、ポーション作成クエストを受注した帰り道でのことだ。

「ご提案があるのですけれど……次のクエストは湖の攻略になりますので、水耐性のある防具を購入してはどうかなと」

 クエスト前に現地状況への対策を整えるのは、冒険者の基本だ。

 薬草採取なら湖に直接入らないものの、湖付近のモンスターが水魔法系【ウォーターガン】などを撃ってくるかもしれない。

「それで最近、新しくできた専門防具店の話を聞きまして、女性専用装備や特殊な装備もあるそうです」

「特殊装備!? 見たい見たい!」

 ミナだって新装備には興味があるし、オシャレもしたい。

 四人は早速そのお店へ向かうことにした。



 王都防具専門店『花の舞』。

 地上五階建てという、王都でも珍しい総合防具を扱うお店だ。

 見た目重視の麦わら帽子からフルプレートアーマーまで、なんでも揃っていると評判である。

 その最上階へ向かうミナ達だったが……

 途中で、気づくべきだった。

 なぜ『属性防具』や『魔法防具』は二階にあるのに『女性用水耐性専門防具』だけ別枠で存在するのかと。

「「「「……」」」」

 そこに並んでいたのは、防具と呼ぶにはちょっと……

 いや、かなり布面積の薄い、つるりとした生地で作成された全身用装備品である。

「なんていうか……うん……」

 ミナがほんのり赤くなりがら手にしたのは、かろうじて胸元や腰回りが隠せる衣類だ。

 身に着ければ、胸元のラインまではっきりと分かりそうな。


 水着である。


 ミナも噂に聞いたことはあった。

 二十年くらい昔の女戦士は、こういう格好で戦っていた者もいると。

 でも、それにしても、

「シャノちゃん……これは……えっちだよ! 勇者的にえっちだよ!」

「シャノ、あなた案外……」

「……(じーっ)」

「ち、違っ……私そういうお店だって知らなかっ……」

 リンゴのように赤面し、溺れるように、シャノが俯いて丸くなる。

 そんなつもりじゃなかった……。

 ぐすんと涙目のシャノを横目に、リリィは防御力の値をチェックする。

「素材に魔糸を織り込んで、魔法防御を重ねながら織り込んでる……性能は高い。合理的」

「合理的にえっち!」

「違うんですってばぁ!」

 とはいえ防御力と水耐性が高いのは事実らしく、可愛い装備が多い。

 なんか興味が沸いてきた。

「みてみて。これ、どうかな?」

 ミナが持ち込んだのは、胸元を貝殻のような包みで隠す水色のビキニで、腰回りは花柄を模したふりふりのフリルがついている。

 最初はえちえちだと思ったけど、女子しかいないしね!

 と大胆に試着してみれば身体にぴたりと収まり、泳ぎやすそうで大変にいい。

「あら、結構可愛いですわね。となれば、ミナに遅れをとる訳にはいきませんわ。ただ……」

 ユルエールはしばらく考え、とある水着を抱えて更衣室に隠れてしまった。

「ねえ、シャノちゃんはどれにする?」

「恥ずかしい装備なんて着れません!」

「でも防御力も高いし、ユルちゃんも着替えにいったし……試しに着てみようよ。ね? ね? そうだ、あたしが選んであげるね」

 落ち込んだシャノがあまりに可愛そうなので、ミナは「はいっ!」と元気に手を挙げる。

「店員さん、いちばん防御力の高い装備をください!」

 防御力は布面積に比例するはず。

 シャノに恥ずかしくない水着を選んであげよう、という心遣いだ。

 が……

「当店で最も魔法防御力が高いのは、こちらになります。しかも攻撃魔法の威力も上がるお墨付きです」

 と、登場したのは、V字型に開かれたあまりに大胆なものであった。

 身体の前面をナナメに走るラインは、控えめに見ても胸元の半分すら隠しきれず「……紐?」と思ってしまう極細ライン。

 背中に至ってはほぼ全裸。別の意味であまりにも攻撃力が高過ぎる。

「ーーーー!!!!」

「……ぅ、な、なんかシャノちゃん、ごめんね」

 シャノは泣きながら物陰に隠れてしまった。

 防御力が高くても、これは勇者以前に、人間の女の子として、まずい。

 装備した時点で衛兵に捕まりそうだ。

「これは……うん。止めておこう! 防御力が高くても、もっと大事なものを守ろうかなって……」

 と、ミナですら遠慮したのだが。

 放り出されたそのV型水着を、こっそり手に取る者がいた。

 リリィである。

 彼女は耳まで赤くしながら手に取り、そーっと更衣室に入ろうとしたところでミナにがしっと止められた。

「リリィちゃん落ち着いて、それはえっち過ぎるよ!?」

「……でも防御力が……」

「そこは防御力より人として大切なものを守ろうよ! ね?」

「うん……でも……」

 いつもは恥ずかしがり屋なリリィが、くっと瞳に力を込めて。

「勇気が出るかな、って……」

「なんの勇気!? その勇気がでる前に捕まっちゃうからね!? あとこの水着よく見たら値段が78000ベルクもするから……!」

 ミナはあれこれと説得してリリィを収めようとした所に、さっと更衣室の幕が開く。

「ミナ。こ、これで、どうですの……?」

 着替えてきたユルエールは、確かに水着を着ていた。

 騎士として鍛えたしなやかな白い二の腕や素足をさらし、その頬はちょっと恥ずかしそうに照れている。

 なのだが……

 肝心の水着部分に、上からすっぽり鎧を着ていた。

 変態である。

「ユルちゃん、なんで水着の上に鎧着てるの!?」

「し、仕方ないのです。必然的にこうなるのですわ! この鎧はマリーベル家の由緒正しき鎧ですもの、外す訳にはいきませんわ」

「それ水着の意味がないよ……あと水着が見えないのに素肌だけだから、ほぼ裸鎧だよ!」

「裸鎧!?」

 ミナはそれから、落ち込むシャノ、V字型水着を掴むリリィ、裸鎧のユルエールを順番に見渡して。

「えっと。今回は、水着は中止しよう! そうしよう!」

 珍しくまともな判断をして、ミナは両手をあげてバツマークを示し、店員さんに謝るのであった。

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