1―10 実録その後のヴェリルちゃん


 王都に強制送還させられた半魔族、ヴェリル=カノンは確信していた。

 あの強さ。

 あの魔力。

 ミナ=サリア一行は間違いなく、今世に生まれた伝説の勇者だと!

 ならば、ヴェリルが取るべき手段はひとつである。

 打倒勇者。

 そして自分を馬鹿にした奴等を、必ず見返してやるのだ。

(ふふ……今回は不覚を取ったけど、あなたの正体がバレてる以上、手段は幾らでもあるのよ!)

 決意を胸にローブを羽織り、ヴェリルは初心者の館へ向かう。

 ヴェリルはハーフ魔族として馬鹿にされる一方、人間社会に溶け込んでも違和感がない利点がある。

 その特徴を利用し、彼女はじつは一般冒険者ライセンスを取得済みであった。

(覚悟しなさい、勇者ミナ。正体が分かれば、ニセモノの聖剣なんて面倒なことしなくていい。これからは先輩冒険者として、あの子達のクエストを邪魔して、あいつらを倒して、シャドウドラゴンを借りた借金を返済するんだから!)

 決意を新たに、初心者の館前でふんすと気合いを入れる彼女。

 が、初心者の館はもちろんミナ達御用達の施設である。

「「あっ」」

 クエストを探しに来たミナと、ばったり出くわした。

「やばっ」

 ヴェリルは逃げ出した。

 しかし勇者に回り込まれた。

(早っ! こいつ素早さどんだけあんの!? ていうかアタシ何気にピンチ?)

 焦るヴェリル。

 その一方で、ミナも密かに困っていた。

 勢いで回り込んだものの、話すことが思い浮かばなかったのだ。

 ……なので遠慮がちに、ミナは話題をつなぐ。

「えーっと……ヴェリルさん。あのあと大丈夫でしたか?」

「は? 何がよ」

「あたしの聖剣に巻き込んで、怪我しなかったかなって……帰還の翼が光ったのは、見えたんですけど」

 ヴェリルは顔をしかめる。

 どうして勇者に心配されなきゃいかんのか。

「あのねぇ。アタシはあんたを罠にはめたのよ? なんで心配してるの」

「それはまあ、そうなんですけど……でも、大きなトカゲの炎に巻き込まれたとき、心配してくれましたよね? 回復アイテムを投げようとして」

「なっ!? あ、あの時は、ノリと勢いっていうか……い、一度きりの慈悲よ!」

 もし勇者ミナ達が強いと知っていたら、心配はしなかったし……。

 それに本当は、彼女が家に来たとき、ご飯を奢って貰った恩もあったし……。

 ツンとそっぽを向くヴェリル。

 だがそこでタイミング悪く、ヴェリルのお腹がぐぅと鳴ってしまう。

 借金が祟り、朝ご飯を控えていたのだ。

「お腹すいてるんですか?」

「か、関係ないし!」

「うーん……」

 ミナは少し考え、アイテム袋から朝食代わりのオーク肉サンドイッチを取り出した。

「良かったら、どうぞ!」

「は?」

「ユルちゃん達に見つかったら、怒られちゃうかもだけど……一度きりには、一度きりのお返しです。それに、お腹すいてると疲れちゃうかなって」

 ヴェリルは苦い顔をしたものの、空腹なのは事実だ。

 それに、コイツに限っては何も考えてないだろう……という気持ちもあり、勇者からの授かり物を口にする。

 美味しかった。

「え。何このサンドイッチ、いいセンスね……」

「シャノちゃんのサンドイッチです。シャノちゃん本当、料理上手なんだよ? すごいよね! じゃあ、ヴェリルさん、またね! あ、次は敵同士ですよ! 次は騙されないからね!」

「アンタ敵同士の意味ホントに分かってんの?」

「わ、分かってるよ!」

 駆足で受付へと向かうミナ。

 その背中を見送り、ヴェリルは舌打ちする。

(いくら一回分のお返しだからって、何であの子、アタシにまで親切に…………はっ!? 待って。これってもしかして)

 そしてヴェリルは核心に気付く。

(これ、本物の勇者スキル効果じゃない!?)

 ヴェリルも勇者について調べた事があり、本物の【勇者】は、二つの特別なスキルを持つと聞いたことがある。

 【トラブルエンカウンター】と【縁結び】だ。

 【トラブルエンカウンター】は文字通り、騒動と頻繁に遭遇するスキルである。

 とくに勇者が初めて訪れた町や村、新しい相手と出会ったときには運命のようにトラブルが頻発し、勇者が解決する事例が多発するという。

 勇者のほかには職業【探偵】程度しか持たないスキルだ。

 そして【縁結び】は、それらの問題が解決する度、敵味方を問わず勇者と仲良くなってしまう凶悪スキルである。

 勇者が【勇者】たる所以であり、このスキルにより勇者はたくさんの協力者を生みだし、結果的に魔王を倒す力の源となる。

 つまり、

(アタシは今、あの女と、仲良くなりかけているのでは!? ……いやいや、無いから! アタシに限って、絶対違うから!)

 ヴェリルはぶんぶん首を振り、右手のサンドイッチを投げ捨てようとした。

 勇者の施しなど受けてはならない。

 善意は毒、もらい物なんて言語道断……。

 なのだが。

(……けど、あの子、狙ってた感じじゃなかったし……)

 それに、サンドイッチに罪はない。

 食べ物を粗末にするなんて魔族の恥だ。

(まあ一回だけの慈悲だもの。一回だけだからね!)

 ぶつぶつと呟きながら、彼女はもぐもぐと完食した。

 やっぱり美味しかった。

 そこに、

「ね、美味しかったでしょ?」

「ごふっ」

 受付から戻ったミナの不意打ち。

「あ、ごめん! お茶あげるね!」

「ありがと……ん。これも美味しいわね」

「シャノちゃんの実家ね、すごく大きな家なんだって。よくお茶とかフルーツとか届くんだよ」

「へぇ。あの子、色々ヘンだけど上品な佇まいだったし、大きな……はっ」

 ヴェリルは後ずさった。

 ヤバイ、いつの間にか馴染んでいる!

(何この勇者、流れるように親切してくるんだけど!? 勇者ヤバイ!)

「ちち、違うからね!」

「なにが?」

「いや、その……!」

 あくまで抵抗するヴェリルに対し、ミナが警戒心のない、くりっとした愛らしい瞳で見つめている。

 そんな目で見るな。

 ご飯ももらい、お茶まで親切に頂いてしまえば、だって。

 ……言い訳、できなくなるではないか!

「こ、こここっ」

「?」

「これで勝ったと思わないことねーーーーっ!」

 ヴェリルは猛ダッシュで逃げ出した。


 悪魔と人間のハーフ、ヴェリル=カノン。

 友達いない歴、十数年。

 相手が勇者であるか以前に、そもそも、彼女は他人からの好意にまったく免疫がないのであった。

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