幕間1 ここから始まる天才軍師メイヤーちゃんの王国会議


 ごく普通の町娘、メイヤー=リノが初心者の館に通っていたのは【牛飼い】になるためだった。

 館で取得できる冒険者ライセンスは、社会における身分証明書としても有用になる。

 買い物でも便利だし、それに牛の世話をするとき自前で薬草を摘みにいったり、牛がゴブリンに襲われたときに退治できたら良いな、と思ったのだ。

 そんな平凡な彼女は……

 なぜか王都アズリア中央、フォンディガル王城地下にある秘密会議室に呼び出され、石のように固まっていた。

(私、なんでここに呼ばれたんだろう……)

 案内された地下には荘厳な会議室があり、耐衝撃、耐防音魔法をこれでもかと備えられている。

 その中央。

 円卓の席の対面に座るのは、国の最高権力者こと、国王エルディガル=アズリア様。

 ほかにも財務大臣に外務大臣、法務大臣に魔術大臣など、天上の人々が円卓を囲んでいる。

 初心者の館の主席だから、というには少々どころか異常事態だった。

(私、ここで打ち首になるんじゃ……なにか悪いことしたっけ……?)

 メイヤーが縮み上がるなか、やがて国王の挨拶が始まった。

「それでは諸君、本日の王国会議を始めよう。……既に知っている者も多いと思うが、本会議は王国の行く末、ひいては世界の未来を決定する重要な会議である。よって身分の差はなく、諸君等の忌憚なき英知と言葉をもって議論を深めて欲しい」

(はい? え、牛飼いが世界に関わるの?)

 世界の命運とは何なのか。

 伝説の悪魔が復活したとか、大地より伝説の魔神が復活したとか。

 よくわからないが、今は現実と向き合うしかない。

 そして平和な牛飼いに戻るのだ。

 メイヤーが覚悟を決めたとき、国王陛下より開会の宣言が行われる。

「それでは本日の議題を始めよう。現在、我が国が抱える最大にして最凶の課題……」

 緊張と静寂が支配する世界に、そして幕は開かれた。

「『勇者ミナちゃん一行をがんばって卒業させよう』クエストを、ここに開催する!」

「……はい?」

 王国会議がざわつき、メイヤーはぽかんとする。

 勇者。

 それは御伽噺にしか存在しない、幻の職業のはず。

 着席した国王に代わり、代表として外務大臣が席を立つ。

「勇者とは、魔王を倒すべく生まれし者。それは現実に存在する職業だ。そして今、初心者の館には勇者の力をもつ生徒が在籍して……三年になる」

 三年!?

「普通は三ヶ月で卒業できるところを、もう、三年! ……その勇者に、ごく普通にクエストをクリアしてもらい、ごく普通に卒業してもらう。それが王国会議の悲願である!」

 ふつうに卒業させれば良いのでは?

「……何故このような事態になったのか。今回の会議に初めて参加した者のためにも、我が国が辿りし、悲しい歴史とともに語ろう……」

 メイヤーがぽかんとする中、他の大臣達が、語り慣れた吟遊詩人のように説明する。

「かつて。そう、300年ほど昔。魔王の脅威に包まれていた我が王国アズリアは、勇者の誕生が急務であった。そこで我らがご先祖様は国中に声をかけ、勇者と名乗る者を集めたのだ」

「だが当然、旅立つ勇者すべてに補助金を出す訳にはいかぬ。……それに当時はオレ勇者勇者詐欺も横行し、旅立つと言いながら貰った備品を町で売りさばく、仲間を登録したのにその装備品を売りさばくなどの事件が横行し……」

「国費は圧迫され、勇者への支給品の質はどんどん低下した。当初は1000ベルクと鋼の武器防具一式だったものが、やがて500ベルク……ついには、50ベルクと銅の剣一本に!」

「そして事件は起きた。ついに本物の勇者が誕生したのだ。彼女達は見事魔王を打ち倒し、伝説を築き上げたが……」

「本物の勇者は、のちに勇者物語にこう記したのだ。『ていうか王様、あたし達に銅の剣一本と50ベルクしかくれなかったんだけど、ぶっちゃけ伝説の勇者にあり得ない扱いだよねー』と!」

「かくして我が国は! 旅立つ勇者に対して、なまくら剣一本と端金しか渡さない、ケチで貧乏な王国として数百年の伝説に残ってしまったのだ!」

「長き歴史を持つ、我が国最大の汚点である!!!」

 大臣の長い語りののち、王様が目頭を押えてぐすんと半泣きになってしまった。

 周囲の高官達も号泣している。

 が、メイヤーは国の英知がこんな議題に費やされていいのか不安になった。

 国民の税金は大丈夫だろうか。

「しかし、神は我々を見捨ててはいなかった!

 三百年もの雪辱ののち、我が国にて新たな勇者が誕生したのだ!

 その事実をいち早く察した我が国は、初心者の館を設立し、冒険者をライセンス制度に変え、勇者達に知識を与え、簡単な練習クエストを幾つかクリアしてもらい旅立たせる計画を立てた。

 そして魔王を倒した暁には、かの勇者達には『アズリア王国の手厚いサポートのおかげで私達は勇者になれました』と歴史に残して貰いたい。

 つまり……勇者達はワシが育てた、と、言いたい!」

 単なるプライドの問題であった。

 メイヤーの目が死んでいくのに反比例して熱の灯る演説。

 しかし、国王陛下の声はそこからしょんぼりと沈んでいく。

「だが、勇者は……まだ、卒業してくれない……練習クエストを、一度もクリアしてくれない……」

 メイヤーの元に、勇者ミナの資料が配られる。

 薬草採取中に、隣国のお姫様一行を助けて失敗。

 ゴブリン討伐中にオークキングを間違って撃破。

 他にも数々の功績を挙げながら、クエストはすべて失敗ーー

「あの勇者達はな。とうの昔に、レベル99に達しているのだ。

 本物の【勇者】はあらゆる職業の中でも特別な存在だが、その一つにレベルアップが早い、というものがある。勇者達はふつう、三ヶ月もあればレベル40に達するのだ。その間に世界を旅し、様々な経験を積み、心身ともに成長していく。それが本来の勇者だ。なのに! あの勇者達は、ずーーーーっとここにいる!」

 王様、あまり興奮すると血圧が……。

 歳なのですから状態異常に注意してくだされと側近が気を遣うなか、新米らしい高官が、失礼、と挙手する。

「陛下。勇者達は、どうしてクエストをクリアできないのですか?」

「勇者スキル【トラブルエンカウンター】だ。……これは本来、勇者に適度なトラブルを与えて成長させるスキルなのだが……レベルが上がりすぎたせいで【トラブルエンカウンター】の恩寵があまりに強く、初心者用クエストを任せても必ず大事件になり、本来のクエストを無視してしまう……」

 王様はひとしきり語った後、力強く机を叩く。

「そこで皆の者にはぜひ、勇者ミナ達の卒業をめざして尽力して欲しい。とくに君だ。メイヤー=リノ殿!」

「は、はい?」

 脳内で牛に干し草を与えていたメイヤーはびくっと飛び上がった。

「メイヤー=リノ殿。初心者の館にて現主席、クエストクリア率100パーセント。……そして、勇者ミナ達と同年代という感性を生かして、ぜひとも勇者ちゃんのクエストクリアのための知恵を出して貰いたい。

 君には【軍師】の才能もあると聞いた。

 経営に関する知識も貪欲に吸収したと聞く。

 勇者ちゃん達と同世代の女性である感性と、その知識を生かして欲しい」

「えぇ……」

 確かにメイヤーは策略やステータス補助に向いた【軍師】系スキルを学んでいるし、経営戦略も勉強した。

 まあ牛の補助と商売上の損益計算を学ぶついで、なのだが。

(どうしよう。どうやって断ろう……)

 彼女の夢は、実家でのんびりスローライフ。

 牛さんと一緒にごろごろ生活。

 お断りして実家に帰るべき案件である。

(実家のお爺ちゃんのお世話があって、とか……? ううん、家族事情はあとで裏を取られると逆効果だよね。……素直にお断りしよう。怒られるかもしれないけど、私は牛が大好きです、って)

 覚悟を決めて、メイヤーは口を開こうとして、

「もし勇者達が卒業できた暁には、メイヤー殿には黄金干し草を十年分用意しよう。国一番の元気な牛が育つであろうな」

「やります」

(しまったーっ!)

 メイヤーはどうしようもない牛飼いであった。

「素敵な返事をありがとう、メイヤー殿」

「あ、いえ、今のは」

「では改めて、本日の議題に入ろう。忌憚なき意見をもって、勇者達に次に課すクエストについて議論しようではないか」

 期待しているぞ。

 この難題を解決した真の賢者には、次期王位を譲ることになるかもしれない。

 陛下の言葉により議場にどよめきが走り、メイヤーは項垂れる。

(変なことになっちゃった……まあでも、他の偉い人に合わせて、無難に流しておけばいいよね、きっと)

 全力で逃げ切ろう。

 堅く決意するメイヤーであった。


 彼女が『王国の希望』、『稀代の軍師』、『勇者ちゃん達を唯一制御できるかもしれないやべー女』、『我が国の偉大なるママ』と呼ばれるようになるのは、もう少し先の話である。

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