1―8 初心者勇者、でかいトカゲ退治をする


 巨大オオトカゲを相手にミナが思い出したのは、一角獣の倒し方だ。

 ブラックユニコーンやデーモン等の強力なモンスターにとって、角は鋭利な武器であり、魔力の収束器官でもあるため破壊することで戦闘を有利に進めることができる。

「よーし、まずあの角を取るよ!」

 リリィのファイアボールで怯んだトカゲに、ミナがすかさず地を蹴り、銅の剣を振り下ろす。

 その一撃は丸太のように太い角の根本を切り落とし、やった! と会心の笑みを浮かべた。

「角、取ったよ! 部位破壊、成功!」

「なっ……竜の中でいちばん硬い場所を、銅の剣で!?」

 ヴェリルが悲鳴をあげるなか、怒り狂ったトカゲが巨大なしっぽを振り回す。

「わ、わわっ」

 出遅れたのはシャノだ。

 彼女の柔らかな身体に、鋼よりも堅い尻尾が直撃する。

 が、悲鳴をあげたのは魔物の方だった。

「いた……くなかったです、すいません!」

「シャノちゃん、大丈夫!? 気をつけてね!」

「びっくりしました! でも次は攻撃を受けません!」

 目を白黒させるヴェリルを前に、シャノが杖を手に取り、詠唱を開始する。

 みんなを守るためにも広範囲の防御が必要だ。

 手元の魔法アイテムに頼れない。

 【僧侶】たる彼女の本分は、人々の癒しとなる回復と防御魔法。

 本気の詠唱による守護の力は、あらゆる災厄を払う魔法の盾となる。

「っ……トカゲの目玉はうずらの玉子、ぎょろりと不気味で怖い顔! そんな不細工面の炎なんて弾いちゃえ! 【レジストカウンター】!」

 ただし詠唱が変だった。

「って、何その詠唱!? アンタ一番まともなそうな顔して一番ヘンじゃない!」

「ふふーん。シャノちゃんはね、相手に悪口を言ったその闇魔力で魔法を使うんだよ! すごいでしょ!」

「ううっ……恥ずかしい……だから普段はマジックアイテムでカバーしてるのに……」

 つい俯くシャノだが、効果は絶大だ。

 ミナ達全員に薄氷のヴェールが被せられ、魔法障壁が完成する。

「GRYUAAAAAA!!!」

 トカゲが暗黒のブレスを放つ。

 迷宮の壁を溶かし、塵一つ残さないその火炎は、しかし魔法障壁に触れるなり強烈な追い風を受けたように反転し、トカゲ自身を飲み込み返した。

 シャノの魔法による動反撃機能である。

 ヴェリルの困惑をよそに、トカゲのさらなる悲鳴が重なる。

「シャノが格好をつけてるところ、失礼ですけれど。わたくしの存在も忘れないで頂けます? スキル【千仞】!」

 隙を縫うように滑り込んだユルエールが、剣の一振りとともに駆け抜ける。

 スキル【千仞】は一度の攻撃で複数の刃を放つ連続攻撃。

 鋼鉄よりも堅いと言われる竜の鱗を、バターのようにすぱすぱと切り結んでいく。

「な、なな、何なのコイツら……!」

 ヴェリルはもう、言葉もなく立ち尽くすしかない。



 そして戦闘を有利に運びながらも、ミナは密かに驚いていた。

(このボスモンスター、ちょっと強い! すごい!)

 今まで受けてきたクエストの魔物を、ミナはどれも一撃で倒してきた。

 ミナ達は偶然にも巨大なオークや吸血鬼と戦ったこともあるが、やっぱり一撃だったので、これほどの長時戦は初めてなのだ。

(本当は、楽しんだらダメなんだけど……楽しい……このトカゲ、普通と違う!)

 ミナはふと、館の教師の話を思い出す。

 初心者の館にいたモンスター学者の先生によれば、世界は知られていないモンスターが沢山いるという。

 未知の魔物は恐ろしく、強く、冒険者にとって手強い壁となるだろう。

 だからこそ冒険は楽しいのだ、と先生は楽しそうに語っていた。

(今なら、ちょっとだけ分かる気がする……!)

 ミナがわくわくと胸躍らせていると。

 黒トカゲが咆哮を放ち、口元に黒い魔力を収束させていく。

「ちょ、シャドウドラゴン! 迷宮を壊す気!?」

 ヴェリルの悲鳴も届かず、折れた角の根元にも黒い光が収束し、ミナは大技の予感を察知する。

(ええと、大技の対処は……あれ?)

 とっさに思い出せなかったミナは、職業【勇者】の戦闘センスに導かれて聖剣を手に取った。

 ニセモノだとヴェリルは話していたけれど、不思議な力を持っていたのは本当だ。

 思い浮かべるのは、トカゲの放つ暗黒ブレスそのもの。

 見た目が大技っぽかったので、その威力をそのまま返そうと考えたのだ。

 力と力の真っ向勝負。

 自然とミナの口元に笑みが浮かび、聖剣を力任せに振り下ろす。

「GAAAAAAAAA!!」

「光の波よ、大きな力となって敵を飲み込め! 聖剣スキル【光の障壁】! そりゃああああっ!」

 出任せのスキルにありったけの魔力を乗せ、ミナの一撃が光となって迷宮内を駆け抜けた。

 それは黒トカゲより放たれたブレスはもちろんのこと、トカゲそのものを飲み込み、塵一つ残さず蒸発させていく。

「竜が一撃……まさかこれ、聖剣の力じゃなくて、アンタの【勇者】スキル……つまり本物の……! くそっ、覚えてなさいよ、勇者ミナ!」

 その衝撃波はついにヴェリルをも巻き込み、光の壁に押しつぶされて消滅した。

 大ダメージを受けたことにより、ヴェッルの持つ帰還の翼が発動したのだ。

「やった! 倒した! ……ん、おおっ?」

 そしてミナの一撃はさらに波のごとく迷宮の壁そのものを押しつぶし、壁や天井にぶつかるなり大爆発。

 どーん!!!!

 と、派手な音を立てて、迷宮のあらゆるものを消し飛ばしていく。

「…………おおー……穴が空いた……」

 ミナが見上げると、迷宮の地下にもかかわらず。

 ぽっかりと開いた天井からは、明るい太陽の光が差し込んでいた。


 正直ちょっとやり過ぎた気がしなくもない。

 迷宮は半壊し、地上付近の森すら消滅している。

 けど、何はともあれ。

「ボストカゲ、撃破!」

「やりましたわー!」

「……ん(喜ぶリリィ)」

「やりましたね、ミナさん!」

 ミナ達はハイタッチを交わし、勝利を喜んだのであった。

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