1―7 初心者勇者、大きなトカゲと遭遇する


 聖剣が直った。

「どうやって直したの、リリィちゃん。はっ、リリィちゃんの正体もしかして女神様!?」

「ち、ちがっ……この剣……」

 修理された聖剣を手にびっくりするミナに、リリィは慌てて事情を説明する。

「ニセモノ。白鉄魔石を砕いて、上から塗っただけの、銅の剣」

「へ?」

「たぶん……この剣を渡した人が……」

 そのとき迷宮に、突然の地響きが鳴り響いた。

 わわ、と慌てるミナ達の横から、がらがらと迷宮の壁が崩れていく。

 大きく開いた穴より姿を見せたのは、ミナにクエストを伝えた少女、ヴェリルだ。

「ヴェリルちゃん?」

「ふふっ。今ごろ気がついたようね。けど、もう遅いわよ。アンタ達はアタシの罠にかかったの! アタシの正体は女神なんかじゃない。半魔族ヴェリル=カノン! 勇者候補を初心者のうちに倒すことで、世界を混沌に導く闇の女よ!」

 彼女がパチンと指を鳴らす。

 崩れた壁に潜んでいた、その存在がゆっくりと鎌首をもたげ。

 黒々と輝く鱗をきらめかせた巨大生物が姿をみせ、黒き翼を大きく広げた。

「「「ド……ドラゴンだーーーーっ!」」」


     *


「ゆ、ユルちゃん、ドラゴンだよ、でかいドラゴンだよ!?」

「どうしてこんな初心者用迷宮にドラゴンが出現するんですの!」

 悲鳴をあげる初心者達を前に、少女ヴェリルは大変ご満悦であった。

 ヴェリルは生粋の魔族ではなく、人間との間に生まれたハーフだ。

 そのため魔族達からは同胞として認められず、半端者、まがい者として皮肉られることが多くあった。

(でも、アタシだって魔族の一員! アタシを馬鹿にした奴等に、目にもの見せてやるんだから!)

 彼女の目的は勇者を倒し、自分がすごい魔族だと証明すること。

 未来の勇者候補を倒したとあれば、魔王様の覚えも良くなるだろう。

 そこでニセの聖剣とクエストを用意し、彼女達を迷宮に呼び寄せたのである。

「ふふ……驚いたようね! 勇者候補といってもまだ初心者、ドラゴンに勝てるほど強くないものね!」

 ヴェリルはニヤニヤ笑いながら、黒竜の肌をそっと撫でる。

 この黒竜はシャドウドラゴンと呼ばれる種であり、竜族の中でも上位に位置する魔物だ。

「ヴェリルちゃんが、ドラゴンを操ってるの……?」

「その通りよ。これは首に付けたマジックアイテム『竜縛りの首輪』の力。この首輪があれば、どんなに強力なドラゴンだって、アタシの忠実な僕となる!」

 ヴェリルは意気揚々と腕を掲げ、ニヤリと笑ってミナ達に宣言した。

「さあ、勇者見習いミナと、その一行。アタシの恐ろしさが分かったなら、この場で後悔しながら倒され……るのは可愛そうだから、降伏して、二度と勇者にならないと約束しなさい! そしたら今回だけは、家に帰ることを許してあげるわ!」

「え。帰ってもいいの?」

「勇者にならないって約束するのが条件よ! アナタにはほら、一回ご飯奢って貰って助けられ……じゃなくて、アタシの慈悲よ! さあ今すぐ勇者になることを諦めなさい。でないと、その綺麗なお肌をパクッと齧ってやるんだから!」

 挑発するヴェリル。

 ミナ達がいかに未来の勇者候補とはいえ、素人が竜を倒すことなど不可能だろう。

 鼻息ひとつで消し飛ぶに違いない。

 なら、あえて殺すまでもないしね!

 と、ヴェリルは腕組みして、自慢げに高笑いをしようとした。……が、

「G――GRYUWAAAAAA!」

「……はい?」

 シャドウドラゴンが命令を無視して暴れ出した。

「え、ちょ、待って待って! どうしたの!?」

 ヴェリルは慌てて腕輪に魔力を込める。

 『竜縛りの首輪』の効果は絶対だと、借り主から聞いていた。

 唯一の例外は、竜自身が己の生命の危機を感じた場合。

 すなわち最強の竜をも圧倒的に超えるバケモノと相対した時だけのはずーー

「落ち着きなさい! どうしたのよ、何がどうなって……」

「GAAAAAA!!」

 そして竜は暴走したまま、暗黒のブレスを放出した。

「って、嘘ぉーーーっ!」

 暗黒のブレスは炎と酸の性質を同時に持ち、並の防具では軽減が難しい。

 そのうえ岩をも溶かす威力付き。

 強力な暗黒火炎が、勇者ミナ達を飲み込んでいく。

「ちょ、あの子たち大丈夫!? 帰還の翼、装備してたわよね?」

 帰還の翼があれば、大ダメージに至っても初心者の館に飛ばされるだけで助かるはずだ。

 が、一瞬で消し炭になる攻撃にも、効果があるのか。

 そもそも本当に持っていたのか。

「もし持ってなかったら、どうしよ……いや。あたしは勇者を倒す女よ! べ、べべべ、べつに勇者が死んでも……いや、やっぱり見逃すって言ったあとだと後味悪いわ!? とにかく回復アイテム、届いて!」

 と、ヴェリルが秘蔵のハイポーションを投げようとして。


「あー、びっくりした!」


 勇者ミナは、それはもう何事もなかったかのように、ぽんぽん、と埃を払いながら煙の中から現れたのだ。

「……は?」

 呆然とするヴェリルの前に、続いて仲間達も顔をだす。

 埃は被っているものの、当然のようにノーダメージだ。

「見た目は派手ですけど、威力はないですわね!」

「……びっくり……」

「マジックアイテムを使い損ねました……本物のドラゴンだったら、全滅してたかも……」

 口々に反省を述べる彼女達だが、普通なら消し炭である。

「え、何なのアンタ達。いまの、避けたの?」

 ぽかんとするヴェリルに、ミナが聖剣を構えて指を突きつける。

 彼女には今の一撃で、すべてが見えた。

「なるほどね。ふふーん! あたし、分かっちゃった! そのモンスター……本物のドラゴンに見せかけて、実はコドモオオトカゲの色違いだね!」

「は!? いや、本物……てかコドモオオトカゲは炎吹かな……」

「よーし。みんな、反撃だよ!」

 大トカゲに向けて、武器を構えるミナ達。

「え? なに、こいつ等、何かおかしくない?」

「さ、リリィちゃん! 落ち着いて、魔法で先制攻撃だよ!」

「……(ドキドキ)」

 リリィがロッドを構え、詠唱体勢を整える。

 【魔法使い】リリィは詠唱が苦手だ。

 実のところ、彼女はほぼ全ての魔法が失敗に終わってしまう。

 それでもリリィはひとつだけ、きちんと扱える魔法がある。

「……ふ……ふ……」

「リリィちゃん、深呼吸!」

「すー……はー……」

「よし。リリィちゃん。狙いを定めて……ゴー!」

「ふ……ファイアボール!」

 それは魔法使いが最初に学ぶ初級魔法。

 難しい詠唱がない代わりに、ちいさな火炎を飛ばすだけの、本来ならブルースライムをやっつける程度しか威力がない魔法。

 ドラゴン相手に通じるはずもない一撃は、しかし。

 ロッドより放たれた瞬間、リリィの膨大な魔力を受けて隕石のように膨れあがり、竜の身体を飲み込むほどの爆発となって迷宮に轟いた。

 ドラゴンの悲鳴が轟き、ヴェリルはその余波で吹っ飛ばされていく。

「ちょ、え、何なのこいつら! 何かヘンじゃない!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る