1―6 初心者勇者、反省する
聖剣が折れた。
「えーーーーーっ!? ユルちゃん、せ、聖剣、折れちゃった……?」
「おおお、落ち着くのですわ、ミナ。わたくし、聞いたことがありますもの。聖なる力を宿した魔法剣は、聖なる水をもって復元できる、と」
ユルエールがアイテム袋から、がさごそと瓶詰めの聖水を取り出す。
聖水は本来、ゾンビ系モンスターなどを倒すときに武器へ付与する聖属性のマジックアイテムだが、冒険者教本によれば聖なる武器や防具の修復にも使える場合がある、らしい。たぶん。
「ユルちゃん賢い!」
「ふふっ。そうでしょう? わたくし、こう見えても初心者の館の成績上位ですもの。単なる騎士ではなく、頭脳派騎士として、この程度のことは閃いて当然なのですわ」
聖水をばしゃばしゃとかけるユルエール。
聖なる力を補充し、わずかに光を取り戻した聖剣は……
ごきっ!
と音を立ててさらに粉砕した。
「なんですってー!? そ、そんなはずでは……」
動揺するユルエール。
そこに手を挙げたのは【僧侶】シャノだ。
「大丈夫です、ミナさん。こんなこともあろうかと、私、武器修復用の魔力スクロールを持っています。これを使えば……」
シャノがすかさずスクロールの魔力を解放し、聖剣へと魔力を収束させる。
じゅわ~!
と心地良い音と煙を立てて、聖剣の刀身がどろどろに溶けた。
「「「…………」」」
ミナ達は完全粉砕した聖剣を見下ろす。
そして今頃、思い出す。
この手の魔法知識において、最も頼れるのは【魔法使い】リリィである。
薬草を始めとした植物知識、魔法やモンスターなど、まさに仲間達の知恵袋的な存在だ。
ミナ達は涙目でリリィを見た。
「!?」
びくっ、と。
期待を浴びたリリィは、カタカタ震え始めた。
「あっ、ご、ごめん、リリィちゃん、そういうつもりじゃないからね!? 何か方法あるかなって聞いてみたかっただけでっ……素材だけでも分かったら修理できるかもって……」
「ん……調べてみる。……でも……」
リリィは溶けた刀身を見下ろして、つい一言。
「……こうなる前に考えたかった……」
「「「本っ当にごめんなさい」」」
謝る三人にリリィはふるふると首を振り、言い出せなかった自分もごめんなさい、と可愛く謝るのだった。
リリィが聖剣を検分している間「落ち込んでても仕方ないので」と、ミナ達はお昼ご飯を取ることにした。
本日のお昼ご飯担当は僧侶シャノ。
ふわふわの玉子とベーコンを挟んだ玉子サンドを中心に、シャノ特製からしソースを挟んだ野菜サンドとツナサンド。
味だけでなく、体力回復効果も付与されているという。
「……ん、美味しい」
一口食べると、ふんわりパンとやわらか玉子のハーモニーが口の中でほろほろと混じり合い、幸せを運んでくる。
ベーコンの塩気がまた格別だ。
「お口にあって何よりです。それと本日は、実家から届いた甘イチゴも用意しました」
「おおー……美味しそう……」
ぷりっとした大粒の苺に、ミナはさっそく手を伸ばす。
が、ふと、サンドイッチ片手に、折れた聖剣を検分するリリィに気付く。
ミナはイチゴを手に取り、リリィにお供えした。
「リリィちゃん様。この度はこの初心者勇者、ミナが聖剣でヘンなものを召喚してしまい、聖剣を折っちゃってごめんなさいでした……お詫びに、このイチゴをご査収ください……」
「ん。でも私も、詠唱失敗した……」
「ミナ。それを言いだしたら、わたくしも近接戦で慌ててしまいましたし」
「私も、聖剣を溶かしてしまいました……」
サンドイッチを口にしつつ、それぞれが反省の弁を述べたのち。
ははーっ、と全員が全員に頭を下げ、お互いにイチゴを献上する。
今回の件は、全員に問題点があったのだ。
その光景に、ふふっ、とシャノが肩を揺らして微笑んだ。
「すみません。笑ってしまって。ですが、私達は思えばいつもこの調子だなと思ったのです」
「そうだっけ?」
「ええ。思い返せば前回のゴブリン退治も、ミナさんが途中で別のモンスター退治に向かい、リリィさんが詠唱を失敗して住処を爆発させ、びっくりして出てきたモンスターに私が驚いて……」
「ユルちゃん、落とし穴にひっかかったよね? わたくしがこんな罠にー! って」
「そ、そのような記憶は忘れましたわ!」
ほんのりと頬を染めるユルエールに、シャノは口元を隠してくすくすと笑う。
「勇者限定クエストと聞いて、ちょっと意気込んでましたけど……私達、まだまだ修行不足かもしれませんね」
「そうだねぇ……うーん」
聖剣を貰い、浮かれていたミナだが、そう簡単にはいかないらしい。
まだまだ、初心者の域を出るには遠いようだった。
「ええ。ですが、ミナ。わたくし達は決して、成長してない訳ではありませんのよ?」
「そう?」
「先程ミナが出した白い巨人。それなりに強かったと思いますわ。それを倒せたのなら、わたくし達も少しはレベルアップしてると思いませんこと?」
「……それに本来、アイスウルフは中級寄りのモンスターですし」
続けてシャノにそう言われると、確かに……と、ミナも思う。
「うん。あたし達、失敗はしてるけど、少しずつ成長してるんだね。なら、これからも頑張ろう。うん!」
ミナは最後のサンドイッチを頬張り、立ち上がる。
すぐに元気になるのは、ミナの持ち味だ。
「じゃあまずは聖剣の修理だね。えーと……鍛冶屋さん、でいいのかな?」
「ええ。ですが、ミナ。伝説の聖剣はふつうの鍛冶屋で直りますの? 聖水や、魔力のスクロールでも逆に壊れてしまいましたし」
もしかしたら、普通の方法では直らないのでは。
そもそも、聖剣とは折れても修復できるものなのか。
「修理に、伝説のオリハルコンが必要だったらどうしよう……材料とか……」
「そういえば、聖剣に力を宿したのは素材ではなく、伝説の女神の魔力と聞いたこともありますわね」
「えええっ!? じゃあユルちゃん、あたし達、女神様に会いに行かなきゃダメ? あ、でもそれ楽しそう」
「まったく、ミナはすぐ……でもそれだと、聖剣の修復なんて不可能じゃーー」
と、三人がわいわい相談していると。
「直った」
はい、とリリィがミナに聖剣を返す。
「へ?」
ミナは思わず瞬きをする。
銀色の輝きを帯びた聖剣は、ばっちり元に戻っていた。
「ええええええーーーーっ!?」
ミナ、本日二度目の悲鳴であった。
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