1―5 初心者勇者、モンスターと遭遇して色々やらかす


 新たな道を見つけて進み、迷宮の地下二階へと到達するミナ達。

 警戒を込めてユルエールが剣を構えたそのとき、奥からモンスターの気配がした。

「ミナさん、モンスターです!」

 シャノの警戒とともに現れたのは、青白い氷をまとう大型犬。

 ぎらりと冷たい眼差しを輝かせるのは、アイスウルフと呼ばれる凶暴な犬型モンスターだ。

「わ、アイスウルフだ……初めて見た」

「かなり手強いモンスターです!」

 アイスウルフは獣系らしい近接戦の凶暴さはもちろんのこと、遠距離でも魔力を秘めた全身の体毛をふるわせ、猛烈なブリザードを放つことで獲物の体温を奪う強力なモンスターだ。

 初心者が戦うには、厳しい相手だろう。

 しかし今回、ミナ達には聖剣がある。

「あたしに任せて! 聖剣スキル【聖なる火の矢】!」

 ミナが聖剣を弓へと変化させ、アイスウルフへ炎の矢を放つ。

 先制攻撃は見事ヒットし、氷の犬は煙となって消滅した。

「やりますわね、ミナ!」

「ふふーん。この聖剣ね、もっと形を変えることもできるんだよ!」

 と、ミナが自慢したのもつかの間。

 迷宮の奥からぞろぞろと同型のモンスターが現れ、ユルエールが顔をしかめる。

「そういえば、犬型のモンスターは同族で群れると聞きましたわ。リリィ、魔法の準備はよろしくて?」

「ん。がんばる」

 戦闘態勢を取るユルエール。

 リリィもロッドを構え、シャノも防御アイテムを使えるよう、手元の袋に手を添える。

 ミナも意識を集中させつつ、次の戦略について考えた。

(うーん……フライパンとか、火の矢もいいけど、もっと一気に敵を倒せないかな。そしたら、みんな守れるし)

 聖剣をもっと、別のものに変化できないだろうか?

 一気に敵を倒せれば、便利なはず。

 ……そういえば。

 昔読んだ勇者物語には、召喚獣という大型のモンスターを呼び出し、敵を倒す逸話があった。

 巨獣ベヒーモス。

 巨人サイクロプス。

 人馬ケンタウロス。

 確か【召喚術師】専門スキルだったけど、あんな風に格好良い召喚獣が味方になって、モンスターと戦ってくれたら……。

「って、ちょっと、ミナ。何ですのそれ!」

「へ? お、おおっ?」

 ふと気がつくと、聖剣からあふれた光が綿菓子のようにもくもくと巨大化していた。

 ミナの考え事が、イメージとして伝わったらしい。

 膨れた光はやがて限界に達し、パン! と破裂する。

 煙から現れたのは、巨獣ベヒーモスのような四つ足の下半身に、棍棒を握りしめた巨人サイクロプスの上半身が合体した、人馬ケンタウロスのような怪物であった。

 全身まっしろな怪物はその右手に棍棒を握りしめ、迷宮の大地を鳴らしながら暴れ出す。

 シャノがぽかんとしていた。

「ミナさん。これは……?」

「……ベヒーモス=サイクロプス=ケンタウロス、みたいな……」

「ものすごい合体事故を起こしてませんこと!? と、とにかく戦闘ですわ!」

 慌てふためくミナ達。

 しかし怪物は巨大な棍棒を握りしめ、なんと、アイスウルフ達へと突撃した。

 怯え戸惑うアイスウルフ達は、振り下ろされる巨大な棍棒により、あっという間に散らされていく。

 ぶんぶん、ガツンガツン、と振り下ろされる棍棒に、為す術もなく退散するアイスウルフ達。

「……えーと。すごいでしょ、あたしの聖剣!」

「そ、そうですわね。でも」

 一瞬安堵したミナ達。

 が、アイスウルフを全滅させた怪物が、ジロリ、とこちらを睨む。

 不気味な一つ目。

 口からぐるりと凶暴な声を唸らせ、棍棒を持ち上げる姿は明らかに、獲物をこちらに見定めている。

 嫌な予感しかしなかった。

「ちょ……ミナ、敵を倒したんですから、早くあれを戻してくださいます!?」

「えっ。えっと、えっと……方法わかんない」

「ミナぁーーーーっ!」

「っ……!」

 大地を揺らして迫る怪物に、すかさず対応したのは【魔法使い】リリィ。

 リリィは口数少ない少女だが、仲間の危機には果敢に立ち向かう。

 魔力を高めるマントをなびかせ、その手に小さなロッドを握って怪物を睨み付ける。

 彼女の火力はパーティ内でも随一を誇る、攻撃の要。

 その力を、今こそ見せる時!

「ち、地の底に眠りしほにょ、炎よ! 壁となりて敵を焼きちゅくし、ちゅ、つくっ……あうっ……」

 でもちょっと口下手だった。

「ファイアにょ、ウォール!」

 放たれた炎の壁は、出現するなりにゃんにゃんと猫のように気まぐれに蛇行し、迷宮のどこかへ消えていく。

 詠唱に100パーセント失敗してしまうのが、リリィのちょっと残念な所である。

「あぅ……ごめん……」

「大丈夫だよ、リリィちゃん! シャノちゃんお願い!」

「守護のスクロールよ、力を!」

 ミナの横から、シャノの防護用マジックアイテムが炸裂する。

 火力のリリィに対し、【僧侶】シャノは仲間を守る守護の要だ。的確に放たれたアイテムが白い結界となって展開され、振り下ろされた怪物の棍棒をはじき返す。

 こちらはアイテムを用いたため、問題なく防御可能だ。

「ありがとう、シャノちゃん!」

「ではわたくし、【騎士】ユルエールの反撃と参りますわ!」

 敵の棍棒を弾いたその隙を逃さず、ユルエールが疾風の刃となって突撃する。

「騎士スキル【一刀両断】! はああっ!」

 【一刀両断】は名の通り、勢いよく敵を一大刀のもとに切り捨てる初級スキル。

 彼女の足が地を蹴り上げた直後、ユルエールのまとう銀の鎧が光をまたたかせ、疾風となって怪物の足下へ。

 一閃。

 怪物の足が、きれいに切断されて空へと舞う。

「ふっ。思い知りましたこと? わたくしの秘伝、マリーベル流剣技、その神髄……まさに完璧っ……」

 そこに怪物の傷から吹き出した白い液体が、べしゃっとユルエールに被りまくった。

「あ、しまっ、わたくしの鎧が! え、これ魔力液ですの!? ままま、まずいですわ、鎧の加護が」

「ユルちゃん、どうしたの?」

「え? な、何でもございませんわよ! さあ怪物、かかってきなさい!」

 と、慌ててぶんぶん剣を振り始めるユルエール。

 しかしその攻撃は、なぜかガッコンガッコンと壁を叩くだけで、怪物にまるで当たらない。

 それを見た怪物が、ユルエールに棍棒を振り下ろす。

「わ、わ、ユルちゃん危ない!」

 ミナが飛び出し、予備として装備していた銅の剣に手をかける。

 助けなきゃ。

 その一心で銅の剣を振り払い、頭上から振り下ろされた棍棒を受け止める。

 ずんっ、と重い手応え。

「わわ、重い! けど、これくらいなら……! せいやーっ!」

 ミナは力いっぱいに剣を振り抜き、棍棒を弾き飛ばした。

 怪物がふらついた隙をついて飛び上がり、全力を込めて突きを放つ。

 確かな手応え。

 銅の剣による一撃は、怪物の急所である目を貫き、巨獣は煙をあげて消滅した。

「やった、倒した……!」

 ミナが喜び、シャノがホッと息をつく。

 色々あったものの、何とか危機を脱することに成功したーー

 と、喜んだのも、つかの間。

 着地したミナの足下から、みしっ、と変な音がする。

「ん?」

 仲間達みんなで見下ろすと。

 怪物への変形から戻った聖剣が、根元からバッキリと折れていた。

「「「えーーーーーっ!?」」」

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