第7話

古びた学生寮から学生達の賑やかな声が聞こえる。そこに佇むのは、小学校程の大きさの学生寮だ。その1階にある床面の一部分がすっぽりと無くなっていた。その中に入ると、ひとりの男子大学生が将棋をさしている。


田中(たなか)「霧島(きりしま)!豚キムチ売り切れだったよー!、ほれ!一旦休憩しよ!」

そう言いながら、将棋盤の前に座る霧島に2つのカップラーメンを持って来た田中。薄暗い床下でランプを灯しながら田中と霧島は将棋をしていた。コンクリートに剥き出しの配管。霧島は田中からお湯の入ったカップラーメンを受け取った。


霧島「おう」

田中「はい箸、悪いな豚骨ラーメンで。俺はカレーラーメンにしたわ!」


2人は将棋盤を挟んで、ズルズルと音をたてながらカップラーメンを頬張った。霧島は田中と、この誰もいない空間でやる将棋が楽しかった。休憩中も次の一手をどうさすかを考えていた。


田中「霧島、今度の路上アート。どこでやる?前回の白鷺橋(しらさぎばし)に描いた龍は最強だったな!、でも次の場所が思いつかないんだよなー」

霧島「すぐ消されたけどな」

田中「良いんだよ、思い出になんだから!俺あの龍の絵、スマホの待ち受けにしたんだ」


霧島は田中を含む大学の友人達と、ゲリラ的に路上アートを描いていた。芸術学部の学生の間では、霧島達の行う路上アートのクオリティが高いと評判で、SNSで絵の写真が拡散されていた。


霧島「どこにするかー」


・・・

深夜0時。霧島と田中を含む芸術学部6名がシャッターの閉まる商店街に来ていた。


田中「今回はシャッター商店街か」

霧島「もうほとんどの店が廃業して雰囲気が変わっちゃったからな」

田中「ここ近辺に住む人は大体、ここを通って駅に向かうからな。必ず人の目には留まるって理由だ」

霧島「やろうか」


商店街は霧島達以外、誰もいなかった。道の両側には閉められたお店のシャッター。6人は別れて特殊ペイントを始める。するとライトを点灯し、自転車に乗る警察官が商店街に現れる。


警察官「君達!そこで何やっている!?」

霧島「くっそ」

田中「中止だ!撤収撤収!」


霧島達6人はアート道具をまとめて逃げる。警察官はそれを見て、自転車を立ちこぎして追いかけた。商店街の入口に原付を止めていた田中は、いち早くエンジンをかける。霧島は6人の中でも一番後ろを走っていた。


田中「解散解散!ダッシュで逃げろ!、、霧島!俺の後ろに乗れ!」


警察官は霧島のすぐ近くまで来ていたが、間一髪で田中が霧島を原付に乗せ走らせた。散り散りに逃げる霧島達。田中は商店街を出てすぐの脇道に入り、細い通路を直進した。


田中「ふー!、あっぶなかったなぁー!」

霧島「近くのコンビニで一旦休憩しよう」

田中「わかった」


ヘルメットもせずに2人乗りで原付を走る。田中の視界の先に、夜の街灯が明るく照らす通りが見えた。暗い細い通路は明るい通りの先にもまだ続いていた。


田中「警察がいると厄介だから、このまま直進して裏道抜けるぞ!」

霧島「あぁ」


そう言って、田中は原付のアクセルを強く握り、速度を上げた。深夜の街道には人も車も通っていなかった。そして、ちょうど細い通路を抜けて街灯で明るい通りに出た瞬間、大きなクラクションが鳴る。


パパパパアァアァアァア!!!


霧島は気づくと身体が宙に浮いていた。見える景色が全てスローモーションの様にゆっくりと動いている。吹き飛ぶ原付。大型トラック。田中の姿は捉えられなかった。霧島は右から来たトラックと衝突した反動で左に飛んでいる。視界には硬いコンクリートの道が段々と近づいてきていた。


霧島「フッ、やりたいことやって死ぬんならまだ良いか」

そう小さく呟いてスッと目を瞑った。

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