第10話 管理人生活、始動 その7

 遥乃が帰ってきた段階ですでにいい時間になっており、そろそろ夕食準備を再開しようとしたころ。


 部屋に上がったはずの遥乃がすぐに降りてきた。


「皆斗さん、今からピアノ弾いていい?」

「いいけど、今から夕飯の支度するから音がすごいかもよ」

「音がすごい?何作るつもり?」

「からあげ」

「へ?」

「だから唐揚げだってば」

「……太りたくないんですけど」

「ちゃんとサラダと味噌汁が用意されますが」

「ならよし。……ここで揚げ物して大丈夫なの?」

「そこは大丈夫。ちゃんとした鍋があったし、換気扇の状態も良かったから」


 と、そこまで話したとき。


 ガチャリ。


「ただいま帰りました……は?」

「ん?ああ、始めまして。今日から管理人になりました、北野皆斗と申します。どうぞ――」

「出てって」

「はい?」

「ここ女子寮!あんた男!早く出てって!」

「ですが私も母から引き継ぎを頼まれたゆえ、そう簡単に引き下がるわけには参りません。……もっとも、ここが閉鎖の危機になってもいいというのなら別ですが」

「はあ?脅してんの?」

「現実問題の話です。祖母も決してそんな長く働けるわけじゃない。母だってそう簡単に復帰できるほど、怪我は軽くない。運動障害が残る可能性が高いと診断を受けてます。実際今リハビリをしてますけど、治りはかなり遅い。かといって他に誰かってなると、父か母の兄弟姉妹か一人息子の私しかいないんです」

「なら兄弟姉妹でいいじゃない!」

「自分が好きでやってることをやってもらうために仕事をやめてくれ、なんて言えると思いますか?私だったら言えませんけどね」

「だからって男が来たら女子寮の意味がないじゃない!」

「っ!」


 少女の叫びの中にあるものを見て取った俺は息を呑む。

 そして。


「申し訳ありません。言い過ぎました。安心になるかはわかりませんが、基本的に管理人室にいることにします。食事も自分で用意したいと言うならそれで構いません。……ただ、他の方の食事は作りますので、その時間はキッチンが使えないですが」

「ならいいわよ。でも変なことしたらぶっ殺すからね!」

「京香!ちょっとここに座りなさい!管理人さんに対して、さっきから黙ってたら何様の――」

「遥乃、落ち着きなさい」

「でも!」

「いいから。……お部屋に戻ってくださって構いませんよ」


 遥乃から京香と呼ばれた少女が上がっていったのを確認し、遥乃と向かい合って座る。


「遥乃、なんで止めたか分かってるね?」

「わかんないよ。だいたい、年上の人なんだから敬意の1つや2つは持ちなさいって言ってるし」

「そう。……じゃあ京香がなぜあんな態度を取るのかわからないのかい?」

「うん。なんでああなったんだろう?」

「ほんとに知らないんだね?嘘は許さないよ?」


 雰囲気をあえて説教モードに変える。

 一瞬にして部屋の空気が重くなったのを感じたのか。


「……。言わないほうがいいって言われたけど、気づいてるみたいなら言うね。……あの子、男性恐怖症。……昔お父さんとなにかあったっぽい」

「やはりか。……キッチンは早めに開けるようにしとくよ」

「そう。……なんで男性恐怖症って気づいたの?」

「表情とか色々あるけど、一番の決め手は手だよ」

「手?」

「うん。もともと微妙に怯えてる表情が出ていたけど、さっき俺に向かって叫んだときに手が震えてた。顔にも巧妙に隠してはいたけど、怯えが出てたし、声のトーンにも混ざってたし」

「そっかぁ……。黙っておいたほうがいいかなって思ったんだけどね、やっぱり駄目だったか」

「当たり前だ。こちとら教師だぞ。そのくらい出来なくてどうする」

「だって知らなかったんだから仕方ないじゃん。まあそういうことで、でも気づいてないふりしといたほうがいいんじゃないかな?」

「そりゃそうだ。知ってたら怖いだろうからな」

「ね。……男はなにも皆あの父親みたいな人じゃないって分かって欲しいけどね、でもなかなかうまくいかないんだよね」

「まああの容姿だからな。下心満載の男子なんて腹空かせた雛みたいな感じで群がるからな」

「だからなおのこと、ね。……とりあえず夕飯の支度お願いします。京香のは別で」

「了解。あの子が京香、って言うのかな?」

「そう。瀬谷京香っていうの。さくらと同じ学年だったはずだよ」

「そうか。じゃあちゃっちゃと作っちゃうよ。出来たら呼ぶから、それまで好きにしてていいよ。……あ、ちょっと待ってて。やってもらいことがあるんだわ」


 きょとんとする遥乃を尻目に、俺は管理人室へ向かうのだった。



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 あともうひとり出てきます。


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