第11話 管理人生活、始動 その8

 管理人室から目当てのものを持って、遥乃の元へと戻る。


「はいこれ」


 そう言って差し出したのは封筒。

 中身は――


「なんで現金?」

「それ京香さんに渡して。それ使ってもいいし、キッチンは空き次第遥乃経由で伝達するから、そっち使ってもいい。お金使うならレシートだけリビングの机の上置いておいてくれれば構わないとだけ伝えて」

「なんでレシート?」

「それ寮の経費にするから。お金何に使ったかわからないと」


 男性恐怖症なら、見知らぬ男が作った料理なんて信用ならないし食べたくないだろう。

 さくらと同学年とはいえ、自分が全クラス受け持っていたわけではない。

 京香さんのクラスはおそらく受け持っていないだろう。

 ならば慣れられるまでは多少の出費も覚悟しなくては、と思ったが。


「……皆斗さん?」

「な、なにかな?」


 それはそれは恐ろしい笑みをたたえた遥乃がいた。


「これ、寮のお金じゃないですよね?」

「何のこと?さっき言ったとおり、寮の必要経費で落とすけど?」

「皆斗さん」

「はいぃ!」

「私ね、嘘が嫌いなんですよ。この世で一番。……言っている意味わかりますね?」

「はあ。なんでそういうとこに気づいちゃうかな?」

「だって必要経費では落とせないって知ってますもん」

「ちっ。まあいいや。……じゃあどこのお金だと思ったの?」

「まだしらばっくれるつもりですか?皆斗さんのポケットマネー以外ありえないですけど?」

「そうか。……バレたなら仕方ないけど、ポケットマネーってことは隠して渡しなさい。あと、お金が足りなくなりそうだったら遥乃かさくらを経由して伝えるように言って」

「分かりましたよ。……夕飯になったら呼んでくださいね?」

「分かってるよ。…揚げ物やるからしばらく時間かかるけどね」


 思わぬ出費がありながらも、そろそろ時間が時間なので台所に戻る。

 揚げ油を温めながら、冷蔵庫から漬けておいた鶏肉を取り出し。

 唐揚げ粉をつけて次々に投入していく。


 今日は、新1年生の子がお母様と一緒にいらっしゃるということで、その分多く作るということもあって量が多い。

 ちなみに俺は唐揚げは2度揚げこそが正義な人。

 たとえ時間がなくとも何がなんでも2度揚げする人間だ。

 そもそも1回目の挙げる行程でかなり時間を要するわけであるが。

 全部揚げ終わる頃には、山盛りの唐揚げが出来上がっていた。

 そして2回目に取り掛かろうとしたとき。


 ガチャ


 玄関が開く音がした気がした俺は、一旦火を止めリビングへ。

 すると同時に母娘が入ってくる。

 新入生とそのお母様だろう。


「こんばんは。こちらで管理人をさせていただいております、北野と申します」

「ご丁寧にどうも。岡部です、娘の陽菜がお世話になります。こちらつまらないものですがどうぞ」

「ありがとうございます。すみません、何の容易もございませんがどうぞおかけになってください」

「いえいえ、私はすぐに帰るつもりですのでお気になさらず」

「いえ、ちょうど今夕飯を作っている最中でございまして、よかったら食べていかれませんか?」

「いいんですか?」

「ええ、もちろんですよ。ちなみにメニューは唐揚げになりますけれどよろしいですか?」

「大丈夫です。じゃあここで待っていますね?」

「分かりました。そこまでかからないと思いますので」


 いそいそと台所へ戻ると、2回目の揚げを始め。

 第1陣が揚げ終わり、油を切れたところで皿に盛り付け。


「すみません、今並べちゃうんでちょっと待っててくださいね」


 そう断って、机の上に並べていく。

 ひととおり並べ終わったところで。


「さくらー、遥乃ー、ご飯できたぞー」

「はーい、今行きますー!」

「遥乃も早くしないと冷めるぞー」

「はいよー!」


 すぐにさくらが、少し遅れて遥乃が降りてくる。


「遥乃、まだ調理自体は終わっていないから、終わり次第アレよろしく」

「了解」


 ササッと業務連絡を交わし、席につかせる。


「おおー、豪華ですね!」

「ご飯、唐揚げ、サラダ、味噌汁か。シンプルだけどいいねぇ」

「あとこれな」


 そう言って持ってきたのは。


「だし巻き卵!」

「俺は出汁をたっぷり含ませるのが好きでね。めっちゃ崩れるから巻くのに一苦労だけど」


 一足先に一切れつまんだ遥乃が驚く。


「ほんとだ、すごい出汁含んでいて結構つまむの大変だね」

「そうかもな。ほら、さくらも、陽菜ちゃんも遠慮しないで。お母様もどうぞ」

「本当に頂いてもいいんですか?」

「いいですよ。それに第2陣がありますから、じゃんじゃん食べてください」

「皆斗さん、いっぱい食べていいんですか?」

「いいよ。最終的にこの量をあと2回揚げるから」

「やったあ!」


 歓声とともに箸を猛スピードで伸ばすさくらを横目に見つつ、キッチンへ。

 まだまだ揚げていないのがいっぱいあるからだ。


「やべぇ、間に合わないかも」


 さくらがものすごい勢いでお腹の中に収納していくのをちらっと見つつ、片っ端から揚げていくのだった。

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