第6話 管理人生活、始動 その3

 管理人生活初日。

 一人目の顔合わせの最中。

 普通それは一瞬で終わるものだが、今リビングのテーブルに向かい合って座っていた。

 反対側に座っているのはさくら。


「いや〜、びっくりした。そうか、さくらはここの寮生だったのか」

「そうなんですよ。私もびっくりです、だって北野先生がいたんですもん」


 話は少し前に遡る。


「星川さくらです。高校3年生です……って北野先生!」

「えっ?」


 なぜ俺の名前を知っているのか、と目の前の女子高生に対して訝しむ。

 しかしそれは、彼女の次の言葉によって霧散した。


「高2まで世界史でお世話になりました。覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、あの星川さんか。思い出したよ、かなりの優等生だって評判だったし、成績も良いほうだったからね。……こんな偶然があるとは思いもしなかったけど」

「私も、まさか会えるとは思わなかったですけどね」

「普通に考えて思わんだろ。元教え子が寮生とか、あまり聞いたことがない。まあでも星川さんがいるなら、ちょっと安心だな」

「どうしてですか?」

「知ってる人がいるってだけで人間は安心するもんなんだよ」

「そうなんですね。……その「星川さん」って呼び方やめてほしいんですけど」

「じゃあなんて呼べば?」

「さくら、でいいですよ。なんか星川さんって呼ばれると気が張っちゃうんですよね」

「はいよ。さくらはたしか中1からここにいるんだっけ?」

「そうですよ。もう6年目なんですよ。だから――」


 そのまま話が盛り上がりそうになり、結局紅茶とお茶請けを出して今に至る。


「確かになんも言ってなかったもんな。学校で変な噂が出てなきゃ良いけど」

「変な噂ではないですけど、北野先生は老害の陰謀で辞めさせられてんじゃないか、って噂になってます」

「まじか。陰謀もクソもないけどな」

「ですよね。……そっか、北野先生はここにいたんだ」

「あのさ、こんな事言うのはあれなんだけど、北野先生っていうのやめてくれないかな?ダンス部の部員ならまだわかるけど、あまりここでは先生呼びはやめてほしい」

「そうですか?」

「うん。何か問題起こしてやめさせられたんじゃないかって勘違いされることもあるからね」

「そうなんですね。じゃあ皆斗さんで」

「そうきたか。まあいいや」

「じゃあ改めて。皆斗さん、よろしくお願いします」

「はい、よろしくな、さくら」

「はい!……じゃあ私、荷物置いてきますね」

「了解。そのまま課題やっときなよ。たぶんもう課題出てるでしょ」

「げぇっ。それ言わないでくださいよ。始業式の日から課題出されて凹んでるんですから」

「はははっ。大丈夫、俺も同じような時期があったから」

「なんのフォローにもなってないですよ!」

「そうか。まあとにかく夕飯になったら呼ぶから」


 こうして、1人目との顔合わせは、多少のハプニングはありつつも順調に終了した。

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