第5話 管理人生活、始動 その2

「ただいま帰りましたってうぎゃぁ!」


 リビングに入るなり奇声を上げたのは星川さくら。

 高校3年生、元皆斗の教え子である。

 さくらは今日、管理人が変わるというのを朝聞いてはいたもののすっかり忘れていた。

 なにか寮に連絡を入れたわけでもなく、当然思い出すこともない。

 それに、そんなことを思い出している場合ではなかった。

 本当にあの人気教師の北野先生が辞めてしまっていたのだ。

 あくまでダンス部外部指導者という形で残留はしてくれたものの、それだっていつまで続くかわからない。

 何より、この学校の社会科教師で北野先生ほど教え方が上手く、生徒に寄り添ってくれている人はいなかった。

 ちょっと年上の先輩という感じで、でもきちっとするときは本当に厳しい、そんな先生。

 授業を受けたことがある生徒は、誰もが慕っていた、そんな存在。

 当然、そんな先生が急に辞めるなんてなにかあったに違いない、ひょっとして人気のない年重教師(通称老害)の陰謀ではないか、とまで言われていた。

 さくらはそこまでは信じていなかったが、先生になにかあったというのだけは確信していた。

 それがこのあと、さらなる驚きをもたらすとは知らずに。


 話を戻そう。

 さくらはリビングに入るとともに奇声を上げざるを得なかった。

 さくらから見れば、皆斗(さくらはまだ正体を知らない)はピアノの中に倒れ込んでいるのだ。

 管理人が本来いるはずの管理人室におらず、ピアノの中に人が倒れ込んでいたらそりゃ驚くに決まっているのである。

 しかし一向に気づく気配がないので、背中をたたきながら。


「あの、大丈夫ですか?」

「ん?ああ、寮生か、もう帰ってきたんだ。……よっこいしょ、始めまして、今日から管理人になりました、北野皆斗です。よろしくお願いいたします」

「星川さくらです。高校3年生です……って北野先生!」


 思わぬ人間に驚きの連続となったさくらであった。




 ピアノの調律が一通り終わり、そろそろ作業を終わらせようとした矢先。

 何者かが背中を叩く。


「あの、大丈夫ですか?」


 倒れ込んでいるとでも思われたらしい。


「ん?ああ、寮生か、もう帰ってきたんだ。……よっこいしょ、始めまして、今日から管理人になりました、北野皆斗です。よろしくお願いいたします」


 寮生はいくら年上だとしても、こちらが新参者。

 礼儀を持って対応せよ、というのが俺の一種の信念。

 しかしその応答は思わぬものだった。


「星川さくらです。高校3年生です……って北野先生!」

「えっ?」


 寮生の口から飛び出したそのセリフに、ものすごく驚いた俺だった。

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