5話 市岡ヒサシ
「もう少し画質いい写真ないんですか」
「あるわけないやろ」
「警察の人に頼めばいいのかなぁ」
「どういう立場で頼みに行く気なんや」
「マルヤマさんの兄弟とか……」
「天涯孤独やぞ」
「彼ピッピとか!」
「彼ピッピ?」
「黒松さん。こいつの言うことは話半分で聞いた方がいい。脳が溶ける」
山田が割って入って来なければ、ヒサシと黒松は延々と終わらない会話を繰り広げていたことだろう。舌打ちをした黒松が煙草を咥える。つられるように山田もふところから煙草の箱を取り出し、ヒサシは肩から提げたサコッシュの中に煙草がないことに初めて気付く。
「山田さん、一本ください」
「何か有益なことを言ってからな」
動物に芸を要求するような口調だった。相手が山田でなければ殴っていた。ヒサシはあまり気が長い方ではないのだ。
「首は今どこにあるんですか」
「もうない。焼かれた」
「火葬って意味です?」
黒松が頷く。紫煙が揺れて店の煤けた天井に消えていく。俺も煙草吸いたい。
「現物が見たかったなぁ」
「悪趣味やな」
「じゃなくて。現物からじゃないと得られない情報があるんですよ」
「は?」
これでもまだ煙草はもらえないのか。山田の方をじっと見詰めるが、彼は黙って別の写真を凝視している。ヒサシは、先刻と同じように手を伸ばして山田から写真を奪った。
「気が狂いますよ」
そうして、言った。山田徹の野卑な美貌が僅かに歪む。
「なんだって?」
「気が狂います。あまり見ない方がいい」
「なんや。坊や、何を知っとるんや」
黒松がようやく体ごとこちらを向く。芸がお気に召したということか。取り上げた写真を手元に伏せたヒサシは、真っ直ぐに手を伸ばして言った。
「煙草ください」
箱ごと渡された。ライターも。
紙巻きを咥えて火を点ける。ようやく人間に戻った気持ちだ。ヤクザという生き物は本当に他者を不快にする術に長けている。できるだけ仲良くしたくない。
「この画質ではなんとも断言はできないので本当に現物が見たかったのですが、荼毘に付されている以上は仕方ありません。骨を見ても何も分からないので。この写真を見て、俺が感じたことだけを言います」
山田の手元の炭酸が空になった。黒松が新しいペットボトルを手渡す。いったい何本買ってきたのか。
「首の、この、切られているところの、本当に端のところ。ああ見なくていいです、ただ思い出すだけで構いません。見なくていいっていうか見ないでください。黒松さんのところのカマタさんと同じ状態になっちゃいますから」
思い出すだけでも本当はあまり良くない。けれど頭の中に何の映像も画像も置かずに解説するのは不可能だ。ヒサシは続ける。
「土が付いているんですね」
思っていたより明るいとはいえ薄暗い店の中、凝視すればするだけ悪いことが起きる写真からこれだけの情報を引き出せたことを褒めてほしかった。まあ、煙草をもらえただけでも僥倖というべきか。
「土?」
黒松が低く呟く。
「覚えとらん」
「覚えてなくていいんです。思い出さないでください。黒松さんは生首を見たんですよね、でも忘れてください」
「そうは言うても……」
「俺が今から話すことを聞いたら、もうマルヤマさんのことは忘れてください。カマタさんのことも諦めてください。いいですか。この首は、神様を作るために切られたんです」
兄ならば。市岡稟市ならば、もっとうまく説明できたことだろう。ヒサシはこういう、推理とか、推察とか、その内容を披露するとか、そういうことがあまりうまくない。向いてないのだ。何のテーマも責任もなくべらべらと無駄口を叩くのは得意だし大好きなのだが。
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