5話 岩角遼
まあ変なことが起きてるんだよね。
一応さ。うちはおくすり禁止ってことになってるじゃない。うちだけじゃない、
でなんだっけ。
ああそうそう変なことが起きてる話。
いやおかしいんだよね。半年ぐらい前かな。まだ寒くて雪とか降ってて。うちのがひとり死んだんだよ。組員。そう。幹部とかじゃなくて結構下の方だったけど、俺の運転手やってたやつ。──ああ、そう、今のモモウラに決まるまでは俺の運転手って持ち回りだったんだよ、前は違ったかな。もう忘れちゃった。あの頃は俺宍戸先生とクルマでいちゃいちゃするのに夢中だったからなぁ。あはは。懐かしいね。懐かしくない? なんだよ宍戸先生冷たいなぁ。先生だってあの頃は俺と一緒にクルマ乗るの好きだったでしょう? 忘れた? ま、それならそれでいいよ。忘れたってことにしといてあげる。
でまあ、話を戻しますけどね。死んだんですよ。自分の家でね。この流れだと自殺かと思うじゃん。自殺だとするとパーセンテージ100で俺に恋して頭おかしくなっちゃったってことになるんだけどさ。まあ俺は悪くない。俺に恋とかする方が悪い。ばか。そうじゃないとするとおくすりか。おくすりはさ、いるんだよねこっそりやってるやつ。それなりの人数。まあ見つけ次第殴るか殺すか破門かどれかになるんだけど、俺はおくすり嫌いだし、でもまさか比較的真面目に運転手やってるやつがおくすりで死ぬとは……思いたくないじゃん。一応俺にも管理者責任が発生しちゃうからさ。え、なに、結局自分のことかって? 当たり前だろ。俺はきちんと準備されてない状態のム所に放り込まれるのは絶対に嫌なんだよ。
だからヤタベが死んだ──あ、ヤタベってその運転手やってたやつの名前だけど、ヤタベが自宅で変死したって連絡入った時、俺嫌な予感して通報しろって言ったの。ヤクザだからさ、本当は通報とかしたくないんだけど。痛くもない腹探られるの面倒だし、別件逮捕とかフツーにありありだし、何より俺も出所したばっかりだったからね。さっきも言ったけど、もう一度入ることになるって言うならそれなりの下準備をしてからじゃないと嫌だし、こないだ出所した人間がまた入るっていうのにそうのんびり待ってくれないでしょ、警察の皆さんも。
でまあヤタベよ。警察もすごい人数で来てさ。俺らも──俺とか、あとヤタベに盃やってた幹部の
ああ思い出した、確かクリスマスだったんだ。何がっておまえそりゃあ、クリスマスの少し前、俺が最後にヤタベに会ったのが。そっから年明けまでもまあ仕事はそこそこあったんだけど、クルマで移動する必要がない範囲だったり、あと山田──宍戸先生も知ってるでしょ、木偶の坊のバカ──が一緒だったりして、ヤタベを呼び出すほどじゃねえかなって感じで。三が日は流石に休んでたしさ。そんでなんだっけ? ああクリスマスね。用事があって横浜の方まで行ったんだ。そうしたら帰り道にあのほらあのあるじゃん。建物。イルミネーションがすごい。そこのでっかい観覧車の近く通って。デートしてるカップルなんかいっぱいいてね。それで俺世間話っぽくヤタベに女いるのって聞いたんだよ。そうしたらあいつ、中学の時からずっと付き合ってる女がいるって言って。ヤタベがヤクザになっても付いて来てくれるすごい女で、プロポーズしたいと思ってるって。言ってたのよ。それで俺、俺はそういうのないからさ一回も。だからいいねえって言って。本気でいいねえって。思ったから。いつプロポーズすんのって聞いたら、観覧車見たらテンション上がったしクリスマスにしようかななんて言って。急すぎんだろって。だから俺持ってた現金全部渡してさあ。一本とちょっとだったかな……指輪買って急に渡すのは揉めるから、揉めるらしいって聞いたことあるから、好みじゃないやつ渡されても女の側も困るって、だからその孝行女と一緒にいい感じの店を探して見に行って気に入った指輪買ってあげなよって言ったの思い出して。取り調べの最中に。で聞いたわけよ俺とのお喋りに疲れ果ててるケーサツのおじさんに。ヤタベのやつ現金持ってましたかって。
そうしたら顔色が変わるわけよ。なんでおまえそんなん知ってるんだって。そりゃ俺が渡したんだから知ってるよ。正直に言った。したらさ──金は全部残ってたんだって。クローゼットの中に、全額、全部綺麗に。
変じゃん? 強盗じゃないってことなんだよ、これ。ヤタベがヤクザの運転手やってるってことはあいつん家の周り……なんつの、地区? 地域? ではみんな知ってたらしい。役者みたいな美形乗せてるって話も。まあこの場合の役者みたいな美形はすなわち俺のことですね。俺は本当に顔がいいから噂になっちゃうんだよなぁ。罪な男ですよ。おい聞いてんのか宍戸先生。
ヤタベはさ……俺はスマホで人の顔撮影したりしないから写真とかないんだけど、どうもヤクザっぽくないフツーのあんちゃんって感じで。でもクルマの運転はうまくてさ。そこが気に入って採用したんだけど。で採用の際にも家どこなのか聞いて、あんまり普通の住宅街に住んでるから、もう少しこう、セキュリティのしっかりした場所の引っ越したらどうだって一応助言はしたんだよな。宍戸先生に神楽坂に住んでもらったみたいな感じでさ。まあ、ヤタベは運転手だからさすがに俺と同じ建物に住んでもらうわけにはいかないけど。したらあいつ、ちょっと事情があって動けない、腕には覚えがあるから大丈夫ですとか言って。力こぶなんか見せてきて。ほんとかよって思ってその辺歩いてた若い衆と、あ、これは組の本部での会話なんだけど、とにかくその辺歩いてたやつとちょっと組み手させてみたら、ヤタベのやつ自分より全然でっかい男も、筋肉ダルマみてえなやつも、ひょいひょい投げるんだよな。超能力かと思った。超能力じゃないんだけどね。なんかコツがあるらしい。自分よりでかいやつを投げるコツとか、筋肉があることを逆にハンデにしちゃうやり方とか。俺は──俺はまあ宍戸先生も知っての通り肉弾戦ってやつはほぼやらねえのでヤタベにコツとか聞いてもフーンって感じだったんだけど、とにかくあいつの「大丈夫」が嘘じゃないって分かったから無理に引っ越しはさせなかったんだ。今思うとそれは、それだけは良くなかったかなって思ってる。手元に置いてれば、もしかしたら……。
ま、済んだことは済んだこと。先に進めよう。
とにかくヤタベん家に俺の渡した現金はある。これは妙だなって空気になってたら、取り調べ室に別の刑事がバーって飛び込んできて、俺とお喋りしてたやつに耳打ちして、ちょっと待ってろっつってそいつ出て行っちゃって帰ってこない。俺は仕方ないから煙草吸う。そしたら若い刑事が急に入ってきてここ禁煙だから消せって言う。俺はそれじゃあ消してやるから何が起きてるのか言えよって迫る。俺のやり方は宍戸先生も知ってんだろ? そんな嫌な顔するなよ〜。これも俺の才能よ才能。あーあいつ勃起しまくっててかわいそうだったなぁ。あはは。
いやでもこれは真面目な話、ヤタベはどうやら他殺だった。薬を打たれていた。結構きついやつを、大量に。自分の意志ではないらしいって話だった。ヤタベみたいに喧嘩が強いやつをどうやってそんな、薬漬けにしたんだろうな? っていうのが疑問その1。疑問その2は──死んだヤタベの全身には咬み跡があった。分かる? 宍戸先生。咬み跡。そう、歯ね。歯。牙っつうか。でも動物の唾液とか足跡は部屋からもヤタベからも検出されない。そういう情報を俺は、かわい子ちゃんから手に入れたんだよ。
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