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 掴んだかに思えた人気はあっさりと幕を引いた。日々の努力を嘲笑うかのようにいとも容易く終わった。中学時代の俺はその程度の価値しかなかったのだろう。情けなくて諦観するしかなかった。

 

 再起を懸けた高校生活、俺は万全を期した。輪の中心に居るために心を殺した。以前よりも更に徹底した。


 産まれながらに俺は中心に居た。皆に可愛がられ尊敬され、誰もが俺を憧れる。それが当たり前だった。だからそうでないとならない。俺はそうあるべきで、それ以外の立場では生きられない。その生き方を知らない。


 本当は友達など居ようが居まいがどちらでもいい。友情を感じたことなど皆無だ。誰も彼も価値を見い出せない。煩わしいだけの存在だ。


 だが孤独の辛さに耐えきれず、俺はすがり付いた。軽蔑する連中に受け入れられる為に、虚構の姿を仕立て、身を粉にしながら努力の限りを尽くした。


 並々ならぬ頑張りの結果は順調だった。


 彼女がいないのは色々と角が立つので、適当な女を選んで付き合った。やはり好きではなかったが、体裁の為に良い彼氏を演じた。前回の失敗を踏まえ、相手の意思を全面的に尊重し、優しい彼氏として振る舞った。


 それぐらい訳ないことだった。偽りの日々を重ねていく内に、それぐらいは些細な作業となっていた。嘘は呼吸と同じ程度の所作になっていた。


 順風満帆。くだらない連中に合わせる日々において、心中さえ無視するなら、そんな言葉がぴったりな高校生活であった。


 だが一つの失敗で風は吹かなくなった。


 それが起爆剤となり、いつも通り皆引いていった。容易くあっさりと俺は三度目の孤独を迎えた。


 普段悪いことをしている奴が良いことをすれば凄いと絶賛される。それと全くの逆のことが起こった。普段良い奴だっただけに、その反動でとんでもなく悪い風に思われたらしい。


 顔良し、運動神経良し、頭良し、完璧だ。きっと性格も良いだろう。


 そういう思い込みが大きく作用していたのだろう。完璧過ぎるだけに、そこから少しでもズレれば急激に悪く見えてくるらしい。


 つまり俺は少しでも悪いことをすればおしまいなわけだ。一瞬の内に嫌われ者として爪弾きにされてしまう。


 人は他人の不幸が大好きだ。それを知った時、人は自身の安定した立場に胸を撫で下ろし、そして他人の不幸を嘲笑う。


 その対象が地位や名声の伴う人物なら尚更。落ちていく様がどれほど痛快なものか。派手な転落を望む連中からすれば俺は手頃で格好の的なのだろう。


 それに対し何を思おうが意味はない。現実とはそうなのだ。何を思い何を喚いたところで何も変わらない。嫌というほど味合わされた。


 不満を嘆くは弱者のすることだ。問題に対して向き合わず、不平不満を喚くだけなら誰だってできる。俺は違う。俺は優秀であり勝者となるべき人間なのだ。それならば順応するしかない。


 俺は付け入る隙すら一切見せない完璧な男になると誓った。少しでも駄目なら少しも見せなければいい。


 皆が望む、誰もが慕う他ない理想の人間になることを心に決めた。


 そうやって偽りの自分を仕立て生きていくことを選んだ。その道以外に俺に選べるものはなかった。そうしないとこの世界に居場所はなかった。


 他人だけでなく、自分さえも騙しながら生きることを決めた。


 だから俺は行きたくもない合コンに、会いたくもない友人と一緒に参加する。そこで飲みたくもない酒を飲み、思ってもいない言動をみせる。楽しくもないことを楽しそうに振舞う。


 困難ではない。偽ること、それはもはや俺の日常なのだから。いつも繰り返し行っている作業の一端だ。


 人との交流に必要なのは自我や意思ではない。そんなものは不必要で余計だ。出せば嫌悪される邪魔なものだ。感情は要らない。


 誰であろうと何処であろうと何であろうと、偽りの自分を飾れるのであれば何だってこなしてきた。自分の居場所を確保できるなら、本心などいくらでも蔑ろにできた。


 その労力に伴い、俺は不動の立ち場を手に入れた。誰であろうと俺を受け入れ称賛する。山岸慶太郎という人間の素晴らしさを認めた。やっとここまで来た。失敗を繰り返し孤独を経験しながら、大学生になってやっとたどり着いた。


 彼女など欲しくもなんともない。面倒で邪魔なだけだ。だから今まで、寄せられる好意や合コンの誘いも丁重にお断りし、無難に捌いてきたが、そろそろ潮時だ。


 ずっと彼女がいなければ妙な噂が立つ可能性がある。

 

 何故全てを兼ね備えていて恋人がいないのか。


 人間性に問題があるのかな。実は人嫌いなのかな。そんな勘繰りが行われる危険がある。


 些細な可能性だろうとあってはならない。可能性の段階で摘まなくては後々影響が出かねない。影響が出てからでは遅い。その時にはきっと手遅れになる。これまで何度もそうなってきた。


 我が儘で自分本意な生き物と付き合うなど、疲れることこの上ないが、可能性を摘むためには仕方がない。


 はぁ。面倒くさいが彼女をつくるか。でないとそろそろ噂が立ちかねん。あと性欲が限界だ。


 彼女という邪魔なだけの存在を持たざるを得ない状況に辟易とし、気分は晴れようもない。そんな感情を顔に出すわけにはいかないので、俺はバイクのヘルメットを被り、小さく舌打ちをした。


 そのまま俺はバイクに跨がり、家へと走らせる。


 法廷速度は遵守した。


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