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 俺は生まれながらにして持っていた。


 容姿、身体能力、知性、人より優れたものを持って生まれてきた。


 通常なら失笑ものの発言だが、紛れもない事実だ。皆黙って首を縦に振る。年齢も国も宗教も問わず賛同する。乳飲み子ですら頷くことだ。


 親の遺伝子が良かったのか、運が良かったのか、そんなものは知らんが俺はイケてるメンズとしてこの世に生を受けた。


 産まれた瞬間から今まで不細工だった時はない。寝起きも歩行中も不機嫌な時も、トイレの時ですら常にイケてる面をしている。排便中でさえ俺のイケメンっぷりは変わらない。


 特別な不便を感じることもなく、なんでも要領よくこなしてきた。大抵のことは努ずともこなせた。


 他人に見せる建前を取り払って言ってやる。俺は優れた人間だ。確信を持って言える。こんなハイスペックな人間そうはいない。比肩する奴なんていない。唯一無二の人間だ。世が世なら建国できていた。


 お陰様で大いにモテる。年下だろうが年上だろうが、ブサイクだろうが人気者だろうが、相手がなんであろうと見境なくモテる。多分冷蔵庫とかも俺のこと好き。


 彼女選びに不自由したことなど無い。逆に彼女という座を望まれてばかりだ。わざわざ合コンに参加する必要も余裕もないぐらいにモテてきた。


 ハイグレードな性能で産まれてたせいか、俺の性格は傲慢といって差し支えない。その点は自分でも理解している。


 立っているだけで周りが勝手にちやほやしてくれた。他人が手こずることも難なく出来た。求める必要もなく他人から求められた。幼い頃よりそんな生活を送って、歪むなと言う方が無茶な話だ。幼き日々の経験によって人格形成が行われた。


 幼い俺は自分がいかに優れているか、有象無象の他人とはいかに違うかを理解していた。誰よりも自分が秀でていることは自覚しており、大いに周りを見下していた。


 思うままに思い、ありのままに在った。


 世界の中心は自分であり、自分本意に身勝手に、縦横無尽に振舞った。


 男女問わず偉そうに、高慢な態度で接した。周りの程度の低さを見下し、他人の心の機微などお構いなしに思うままに生きた。


 自由気ままに身勝手に行動しても、咎められることはなかった。だから幼い俺は増長した。より自分の特別さに酔いしれた。


 だがそんな時間もやがて終わりを迎える。ある時を境に、幼い俺は世界から隔絶された。誰からも相手にされないようになった。求めずとも求めれら、何もせずとも羨望されていたそんな当たり前は消えてなくなった。


 誰からも望まれず、拒まれ排除され、途端に孤独になった。

 

 生まれながらにして当たり前にあったものが、遠く届かぬ夢と化した。


 その経験は生涯忘れ得ぬ苦痛をもたらした。突きつけられた孤独は現実を見直すきっかけとなった。

 

 他人を尊重しようと考え直したのではない。明らかに劣る他人に対し、敬う気持ちなど微塵も起こらなかった。心が入れ替わったわけではない。もう人格形成は終えていた。もう変わりようもなかった。

 

 見直したのは自分ではない。他人との関わりについてだ。


 進学後、まっさらな状態から再起をかけた。


 他人への本心は押さえ込み、くだらないと見下す他人の輪に入った。退屈な遊びに興じてやった。寒いお友達ごっこにも付き合ってやった。


 内心では何もかも馬鹿らしくくだらなく思えた。


 何が楽しいのか。何が良いのか。何が幸せなのか。こんな連中に迎合して何の価値があるのか。俺は何がしたいのか。


 道化師になりきる自分にヘドが出たが、それでも忌まわしき思い出を胸に躍り続けた。孤独になるのを避ける為に必死にピエロを演じた。


 その代償というべき成果というべきか、またしても大いにモテた。多くの女に言い寄られたが、それに応えられる感情は無い。追われるばかりだったせいか、他人を好きになることはなかった。自分より明らかに劣る人間に対し、尊敬も恋愛感情も抱きようがなかった。


 けれども、そういう関係に憧れを抱く年頃ということもあり、学年で一番可愛い子と付き合うことにした。


 付き合いを始めてみたものの、やれ遊べだ、やれ記念日だ、やれ誕生日だ、やれイベント事だのと、面倒としか言いようのない日々だった。交際というより拘束だった。


 興味を抱いていたが、付き合うというのは楽しいものではなかった。他人と時間を共有する不自由さ、他人に求められる煩わしさ、他人に口出しされる忌々しさ、他人の無価値さ、そのどれもが俺にとっては耐え難かった。


 最初から好きでも無かっただけに、何の躊躇いもなしに別れを切り出した。嫌だと泣いて喚かれたが、何の罪悪感も生まれなかった。


 そうして俺の世界は再び終わった。


 発言力の彼女を切り捨てたことで、俺は世界から排除された。


 それはきっかけだったのだろう。他人に貢献していると思っていたのは自分だけで、本当は火種がくすぶっていたのだろう。


 人は簡単には変わらない。傲慢な感情は易々と隠せない。


 地中に埋まっていた不満の種は、彼女の先導によって芽を出した。


 そうして俺は終わった。



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