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 いつもの男同士で集まって飲む店とは違い、完全個室の少し小洒落た創作居酒屋で、俺達四人は男だけで横並びに座っていた。四人の表情は期待と待ち遠しさで浮ついている。


「いやー、合コンとか久しぶりだから緊張するな。マジで楽しみだわ!」


 楽しみでたまらないかのような声で俺は言う。それが噓偽りのない真っすぐな感情であるかのように、俺の表情はにこやかだ。

 

 これぐらい朝飯前だ。表情も声色も簡単に取り繕える。


 中高で続けてきた嘘偽りの日々は、失敗を繰り返しながら完成度を高めていった。

誰もこれが嘘は思うまい。噓発見器でさえ相槌を打ってくるレベルだ。


「マジそれな!」


 この場に噓発見器はないので、隣の馬鹿が全力で相槌を打ってきた。俺の言葉を真正面から受け取ってくれている。極めて自然体なのだから気づきようもないが。

 

 内心はこのまま来ないで欲しい。来る道中に何かあれ。そのまま行方不明になってこの世から消えろ。ならこの会は解散だ。家に帰れる。


「でも慶太朗が合コン来るとか久々だよな。大体何でいつもは来ないんだよ」


「俺が行ったらモテ過ぎて皆が困ると思って控えてたんだよ」


 友人の何気ない疑問に対し、俺は間を空けずに返した。涼しい顔をしたまま、当然のように返した。


 見ようによっては傲慢な言動であり、言葉選びを間違えたものだ。しかし心情を漏らしたわけではない。いつかのような誤った選択ではない。


「ぶはっ! お前調子に乗ってんな」


 俺の言葉を受けて友人は笑った。すかさず俺も笑う。


「ははは! 冗談だよ冗談。普段は予定が合わなくてさ、ホントはいつも行きたかったんだからな」


「ホントかよ」


「マジマジ! だから今日は来れて嬉しいよ。今後も懲りずに誘ってくれよな?」


「ったくこいつ本当に」


 友人は呆れたように笑みをこぼす。


 思いのたけをぶちまけたわけではない。実際俺が一番モテると思っている。これだけイケメンなんだ、どう考えたってモテないわけがない。それはそれとして、さっきのはただの軽口だ。一目で冗談とわかる含みを持たせて俺は言った。だから友人は嫌な顔一つせずに笑った。


 安い掛け合いだが、人間関係なんてそんなもんだ。こういった小さくて安いコミュニケーションを積み上げて成立する。


 いつかのように振舞うわけにはいかない。それは孤独に繋がる一歩だ。もうこれ以上失敗はできない。今の立場を失うわけにはいかない。だから面倒で無意義な言葉を吐く。嘘をつく。


 本心? ああ、ずっとくだらないと思っているよ。


「でもタイミングが良かったな。西大に超絶美人がいるって聞いたことあるだろ? 普段は誘っても絶対に来ないらしいんだけど、今日はなんと西大の天使も来るらしいぞ」


 暇潰しに、隣に座る奴の悪い所を挙げていこうと思っていると、その本人に声をかけられた。急に話しかけてくる、っと。1個追加で201個ね。


 聞いたこともない興味のない話題だったが、それに対し、他の男共が驚きの声を上げる。


「マジかよ! あの子来るの?」


「おう。なんと誘うのに成功したらしい」


「おいお前先に言っとけよ! うわー、服もっとちゃんと選んでくれば良かった」


「サプライズしようと思ってな」


「サプライズ過ぎんだろ」


 何が楽しいのか、男共は急に色めき立つ。そわそわと落ち着かない様子だ。


 彼ら的には楽しいらしいが俺的には何も楽しくない。感性の違いだろう。前衛的な現代アートを見せられている様な気分だ。良さが理解出来ん。俺の友人達は芸術に趣があるようだ。


 いや誰だよそいつ知らねぇし興味ねぇよ。


 だが俺にとっての本音は口に出すものではなく胸に秘めるものだ。口に出すのは建前と虚言だけ。興味津々とばかりに俺は尋ねる。


「ちょっと待てって、俺にも詳しく聞かせてくれよ。そんなに有名な人いんの?」


 この発言に、信じられぬとばかりに場が沸く。


「って、知らねぇのかよ!  有名人だぞ。女版慶太郎なぐらいに完璧らしいぞ」


 三者三様、目を丸めて俺を見る。


 知らんがな。


 相当に有名らしく、知らない俺はズレているらしい。いやだって人のこととか興味ないし。


「全然知らなかったわ。今日来た俺はラッキーてことだな。誘ってくれてあざっす!」

 

 偉そうにツッコミ入れてんじゃねぇよぶっ殺すぞ、って言おうと思ったら口からは違うフレーズが流れていた。自動翻訳機がついた便利なお口です。


 しかし聞き捨てならない言葉があった。女版の俺?


 HAHAHA! そんな完璧な奴がいるかよ。


 俺が見せる完璧は虚構のものだ。そう見えるように仕向けて仕立てた結果だ。純粋に生きてそう見えるような奴は存在しない。そんな小奇麗な人間はいない。しかし取り繕ったとしても無理だ。どれだけ大変かはよーく知っている。一部の隙もなく、誰からも好かれるのは不可能に近い。俺ぐらいでないとできない。



 小中高の悪夢を乗り越えやって来た。本物の自分を犠牲に偽物の自分を築き上げてきた。全てを代償にしながら歩んできた。


 女版俺だと?


 そんな奴がいるものか。いてたまるか。


 重みも知らずに俺の名を語った友人に対し心底腹が立った。

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