エッセイ"天恵"

愛空ゆづ

2022.05.23 進

 “冬は人肌が恋しい”なんて話をよく聞く。そういう人は大抵冬じゃなくても人肌が恋しいと思っている。“給料日前はお金がない”なんて言っている奴はずっとお金がない。“五月病だ”なんて言う奴は、永久に怠惰に生きている。つまり私の事だ。


 私は音楽を作ってみたり、小説を書いてみたり、ボードゲームを作ってみたり、絵を描いてみたりする。大抵思いつくのは暗くて中二病ななにか。音でも文でも絵でも進歩することがない。どれも半人前にすら至らないような不出来な物であるが、始めたころは沸騰したお湯の泡のようにアイデアが止まらず湧いてくる。それも一か月程で、ピタリと止まってしまう。そしてまた新しいジャンルに手を出していくのだ。

 やりたいことはいくらでもある。それでも時間と金がそれを許してくれない。新たなジャンルでの閃きに自分もついていけていないのだ。

 とはいえ、不出来なものばかり作っている私がそれで食べていけるわけもなく、仕事というものを日々こなして、家や車を買うなど夢もまた夢、ギリギリのところで食い繋げるだけの薄給を貰って過ごしている。その代わりに仕事はさほど難しくないため、仕事中も何か閃いたらメモ帳に書き留めたりしている。

 実際に私が夢を本気で追い求めるとするなら、作ったものが爆発的に伸びる以外ないのだが、宝くじの1等よりも非現実的に感じてしまう。


 私の友人は才能にあふれる人ばかりだ。そのどれもが努力によって得られたものであることは感じられる。私は友人達の何倍も我慢が出来ず、努力も出来ない。私にアイデアを出す才能がもし仮にあったとしても、それは努力による成長が今後も期待されない。

 形として昇華できなければ、何も考えてないのと同じである。静まり返った水面からは何も生まれない。自分の血を垂らし、波打たせる事でどうにか精一杯に繋いでいくだけである。


 さて、誰がこんな人間を好むだろうか。傍からみれば、少しは面白いのかもしれないが、自分を殺し、周りを傷つけながら創作する狂人の傍にいたいとはだれも思わないだろう。


 それでも周りに居てくれる方々には本当に感謝してもしきれない。私はこれまでも周りに恵まれ続けてきた。


 周りに迷惑をかけすぎていたので、そろそろ自立しようかと思い、引っ越しをすることにした。新しい場所で自分の場所を作り、活動のモチベーションにしたいと思った。そこはいつ入居出来るかも分からない欠陥住宅らしい。不便なこともとても多いが、なんとなく自分らしさを感じて入居を決めた。引っ越しにかかる概算の費用に驚いたが、必要な投資だと考えた。


 先日、異動してからお世話になっていた上司が亡くなられた。新型コロナウィルスに感染し、後遺症で肺炎を患って長い間入院していた。上司は超のつくほど仕事に熱心な方で、夜遅くまで残って仕事をしていた。私もそれに沿って残ることが多かったが、広い範囲の技術を学ぶことが出来た。

 残りの社員が集まっても埋まらない大きな穴が出来てしまったが、その穴を幾らかでも埋められたら幸いである。


 急にお金が無くなる事や彼女との別れ、身近な人との別れ、理想と現実の差など複雑な感情が混ざり合い、情緒不安定になってこのようなことになっているのだろう。


 私も生きているうちに、周りに居てくれる皆の為になることが出来たらいいなと思った。

 今晩は久々に酒ではなく、上司がよく飲んでいたジュースをコンビニで買って飲もうと思う。

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