第11話 ダブルワークの話
僕の妻は子供が好きで、20代の頃、子供服の店に勤めていました。
この頃、僕たちはまだ結婚していない彼氏と彼女の関係です。
運営している会社は、ファミリー経営で正直ブラック企業だったそうです。
シフトもめちゃくちゃ、徹夜を強いられる。
そんなこともあって、辞めたのですが。
中でも転勤が多く、幅広く店を展開していたので、あちこちに行ったり来たり。
とある田舎の方の店舗に配属され、妻も電車やバスを使い、長い通勤に疲れていました。
僕も何回か遊びに行ったことがあって、そこで妻より先輩の若い女性スタッフを紹介されました。
妻曰く、
「すごくキレイな子で頭も良くて、職場でも人気者」
らしかったのですが、あいにく、僕は「ふーん」て感じでした。
確かに美人だとは思ったのですが、なんというか、クールビューティーと言いますか。
頭も良いこともあってか、ヘラヘラ笑うバカな僕に対し、上から目線で、ちょっと感じ悪いなと思いました。
僕は童顔がタイプだったので。
「こんちわ」
という感じで挨拶したぐらいです。
それから数年間、妻はその店で勤務していて、そのクールちゃんと仲良くなりました。
聞けば結構苦労人らしく、頭は良かったが、貧しい家のために仕方なく夢を諦めて、この職に就いたらしいです。
僕はそれを聞いて、なるほどなぁと感心しました。
ブラック企業だったので、ワンオペというやつでしょうか?
ひとりで店番するのが、日常茶飯事のシフトでした。
妻が早番で仕事をしていると、一本の電話がかかってきました。
店の固定電話です。
「もしもし。子供服の田舎店です!」
「あ~ あの、クールちゃんいる?」
電話の向こう側から聞こえてきたのは、タメ口の感じの悪い男です。
「えっと、どちら様でしょうか? クールさんは今日はお休みです」
「あ、そうなんだ……あのさ、君。あの子と同僚なんだよね?」
「まあ、そうですけど。どういうご用件でしょうか?」
「俺さ、中洲のピンク系の店で働いているもんでさ。クールちゃんの担当やっているんだけどね」
「え……」
急に訳の分からないことを言われて、妻は動揺しました。
しかし、仕事の話だと勘違いして、ずっと相手の話に耳を傾けました。
「最近、あの子店で働いてくれないんだよね~ ほら、クールちゃんって美人じゃん? それで俺が相当テクニックを仕込んでやったからさ。うちではナンバー1なのよ。困るんだよ、あの子がいないと……」
「は、はぁ……」
妻は怖くて電話を切りたくても、切れなかったそうです。
「クールちゃんって超人気なんだよ。あんなキレイな顔して、お尻OKだからさ。社長とかセレブ達のお気に入りなの。ローションとか、お口とかも、一級品で……」
「え、え、え?」
パニックを起こした妻は、その後も卑猥な言葉を一時間以上聞かされたそうです。
とりあえず、その男曰く、クールちゃんを店に戻して欲しいという理由で電話をしてきたらしいです。
激しく動揺した妻は、昼休みに僕に電話してきました。
「あの子に変な電話があった! 警察に電話すべきかな?」
僕は取り乱す妻に、とりあえず落ち着くように諭します。
「ひょっとして、いたずら電話じゃない? あの子、美人だから。ほら、フラれた腹いせに、職場への嫌がらせとか?」
「確かに……」
僕が言ったように、美人だから、何度か男性関係でトラブルが多かったと聞いていました。
店に元カレが押し寄せてきたこともしばしば。
ですが、妻は納得しません。
「あのね……私も最初はそう思ったの。けど、あの子さ。いつも遅刻するし、仕事中あくびばっかしているし、深夜の仕事を掛け持ちしているって言ってたの! 家が貧しいから」
「ああ、でも、それってコンビニじゃなかった?」
「そうだけど。別の仕事としてなら、話が合うじゃん」
「ウソをついていたってこと?」
「うん。だって職場に『ピンク系のお店で働いてます』なんて申告できないじゃん」
「考えすぎじゃない? あの子、芯の強い女性に見えたし、頭が良くてプライドも高そうだったし……」
ですが、妻の疑いは晴れません。
「私、見ちゃったの……」
「なにを?」
「この前、あの子が商品の品出しをしている時ね。腰をかがめたら、ジーパンからお尻が少し見えて……」
「うん」
「めっちゃスケベなTバックを履いていたの! あんなの売っているところを私、見たことないよ!」
「えぇ……」
「ね? 真実味が増してきたでしょ?」
「そ、そうかもね」
僕はとりあえず、今後そういう電話が店にあったら、真面目に対応せず、すぐに切るようにした方がいいと説得しました。
そして、この話が本当か、どうかはわかりませんが、妻にはいつも通り仲良く仕事をすればいいのでは? と提案しますが。
妻曰く。
「もう普通の目で見れないよ~」
だそうで。
結局、妻も転職しました。
あとブラック企業だったので、全店舗潰れたそうです。
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