第9話 次の日
どれほどの時間が経っただろう。
毒の影響で皮膚が赤く腫れ、風が一吹きし肌を撫でるだけで全身に激痛が走る。
倦怠感と眩暈、脳を締め付けられるような頭痛に襲われる。
夥しい量の汗を掻き、食事をしてもその殆どが下痢として排出され体内の水分が失われていく。
かといって水を飲もうとすると嚥下の前に吐き出してしまう。
寝転んでいるばかりで他に何も出来ない。
これは想像していた以上に辛く厳しいものだった。
だが、終わりの見えないそんな地獄の中でも救いはあった。
ひんやりとした冷たい手。
それが僕の額を、顔を、頭を優しく撫でてくれるのだ。
その冷たさが高熱を帯びた僕の身体にとっては代えがたい癒しだった。
永久にも思える時間は突然な幕引きを持って終わりを告げた。
「ん……」
「ああ、起きたか?」
僕の顔を覗き込んできた紫苑さんは優しい顔をしていた。
その手の中にある布切れを僕の額にあったものと取り換えてくれる。新しく取り換えられたその布は水に濡れまだ熱が残っているだろう僕の身体を癒してくれる。
「よく頑張ったな」
慈しむように優しい手つきで僕の頭がふわりと撫でられる。
「いえ、そんな……。すいません、ご迷惑をかけてしまって」
「気にするな。それより、目が覚めたってことは……」
「はい、ちゃんと獲得できたみたいです」
ステータスウィンドウを確認するとしっかりそこには【毒耐性Lv3】の文字がある。
小説世界でスキルを獲得する方法は主に三つ。
一つはショップでコインを使って獲得する方法。二つ目はアイテムにスキルの効果が付与されている場合。そして三つ目がそのスキルと関連する行動をとった場合だ。
一つ目の方法が最も簡単で主要、三つ目の方法はお得であるが反面獲得難易度が高い。
しかし、スキルによっては一つ目の方法で獲得できない特殊なものもある。
今回僕が狙った【毒耐性】然り、耐性系のスキルは全般的にショップからは購入することが出来ない。そのため非常に使い勝手が良いが手に入れるのが困難なスキルなのである。
「それと気になってんだけど、目覚めてからずっとどうして私の方をちゃんと見て話してくれないんだ?」
「いや、それはその……」
どうしてと言われても、紫苑さんが何故か制服を脱ぎ、下着姿であったからだ。
透き通った肌、下着からスラリと伸びる長い手足、豊満な二つの双丘と引き締まったくびれ。まるで少年誌の表紙を飾る水着アイドルの如きプロポーションだ。
流石に僕だって健全な男子高校生。年の近い女子の下着姿を見て興奮しないわけがない。
赤面する顔を隠すためにも、そしてこれ以上紫苑さんの身体を見て変に反応しないためにも僕はまだ痛む身体に鞭をうって寝返りを打ち彼女に背中を向けていた。
「むう……ちゃんとこっちを見ろ」
「うにゅ!?」
紫苑さんは僕の身体の上に馬乗りのようになると両手で僕の頬を優しく包み、僕の顔が彼女から逃げられないように固定された。
真っ直ぐに見つめられ、視線を外したくなる思いが高まったがそれをぐっと堪え、紫苑さんの目だけを見ることに集中する。
「やっとこっちを見てくれたな」
花が咲くような綻んだ笑みに、どきりとさせられた。
そんな風に笑うんだ……。
「その……僕の看病をしてくれたり助けて貰ったのに顔を見ようとしないですいませんでした。紫苑さんの……下着姿が少し刺激が強くて」
「ん? ああ、そういうことだったのか」
にやりと悪戯っぽく笑みを浮かべると紫苑さんは耳元で吐息を吐くように囁いた。
「見たかったら見てもいいんだぞ?」
「っ!! 揶揄わないでください……。それでどうして制服を脱いでたんですか?」
「ああ、それは彰の看病をしてたら彰が吐いちゃってな。その時私の制服にもかかっちゃったから洗って乾かしてたんだよ」
「……本当にすいませんでした」
何というか申し訳なさでいっぱいになった。
ただ看病してもらうだけでも悪いと思っていたのに、挙句吐瀉物を制服に撒き散らしていたとは……。やっぱり無理して【毒耐性】を取るべきではなかったかもしれない。
『これまで生意気な態度ばかりとっていた貴方がタジタジになっている様を心の底から神々が楽しんでいます』
『幾柱かの神々が微笑ましいものを見る視線を貴方に向けています』
『数柱の神々が貴方と来栖紫苑の行動に嫌悪感を露わにしています』
「気にするなって、凄く辛そうだったし仕方ないぞ。それで無事に新しいスキルもゲットできたみたいだけど、次はどうするんだ?」
「その前に、サブストーリーの制限時間って残り何日ですか?」
「えーっと、残り三日と16時間らしい」
ということは僕は約一日ほどの間ここで寝込んでいたことになるな。
それはまあ大方予想通りだけど、少し計画をおしているか。
この島で最低限やりたいことは南の砂漠地帯、東の火山地帯、北の雪原地帯に咲く特別な花を集めることだ。
そのためには早くても一日で一つのエリアをクリアしなければならないということになる。加えて花を集めた後に残っているイベントのことも考慮すれば一つのエリアに一日もかけていられない。
「紫苑さん」
「なんだ?」
「ここからは二手に分かれましょう、紫苑さんには東の火山地帯の中心に位置する一際高い山の頂に咲く“炎穿花”を取りに行ってもらいたいです。もしそれを手に入れた時点で時間に余裕があるようであれば北の雪原地帯、雪林の奥地に咲く“暗月花”もお願いします」
「分かった。その間彰はどうするんだ?」
「僕は南の砂漠地帯に咲く二つの花を手に入れに向かいます」
♢
まだ安静にしている方がいいと紫苑さんには止められたがそう悠長にしていることも出来ない。この島に来てから未だ紫苑さん以外のアバターには遭遇していないが、紫苑さん以外にも強力なアバターが潜伏している可能性がなくはない。
もしそのアバターに先に“花”を手に入れられれば非常に面倒なことになる。
初めてこの島に降り立った地。
燦々と降り注ぐ灼熱の陽光と移動するだけで体力を奪われる足場の悪い砂地。
地中からはいつモンスターが現れるか分からず、常に警戒することを強いられるあの砂漠に戻ってきたのだ。
目指しているのは島の四つのエリアの中でも最も広大とされるこの砂漠地帯のどこかにランダムスポーンするとされる
そこに一輪だけ咲くというレアアイテム、“太陽花”それを追い求めていた。
「出たな」
周囲への警戒を怠ることなく、されど迅速に探索を開始してはや一時間と少し、そこで見覚えのある影と遭遇した。
素早く近づき、
「さて、
それから何時間と歩き続けたが結局
昼間とは打って変わって極寒と化すこのエリアにおいて、その寒さ以上に留意すべきなのは出没するモンスターの強さが桁違いに変化することにある。
昼間に現れるモンスターも
しかし、夜間の砂漠地帯を跋扈するモンスターの強さはそれらとは比肩しない。
昼間に現れるモンスターの推奨ステータスが凡そLv10前後だとするならば夜間に現れるモンスターの推奨ステータスはLv30を軽く超えると言えるだろう。
それくらいに夜にだけ出現するあのモンスターは危険なのだ。
そういう理由もあって僕は今岩陰に隠れるように存在する小さな洞穴の中で身を潜めていた。ここで朝がやってくるまで身体を休め、日の出とともに行動を再開する予定だ。
一日中探し周って収穫は無し、先が思いやられる。
“太陽花”だけでなく、もう一つの“花”も回収しないといけないというのに。
明日は無理をしてでも二つの花を手に入れる必要がある。そうしなければ余裕を持ってアレに臨むことが出来ない。
「今頃紫苑さんは大丈夫かな、いや、心配するまでもないかな?」
彼女の強さを目にした身としては安心している部分もあるのだが、それでもやはり少し心配になる。
なんせ紫苑さんに向かってもらった島の北に位置する火山地帯はこの島の中でも特に危険度の高いエリアで現れるモンスターの強さも最も高いものだからだ。
それでも紫苑さんのLvなら相手どるのにも苦労しないだろう。
問題なのはどちらかと言えば二つ目にお願いしていた雪原地帯の方だろうな。あそこは頻繁に起きる吹雪のせいで視界を確保しづらく下手をすると遭難する危険性もある。
身体を縮めることでようやく入ることが出来る小さな穴倉の中から暗い夜空を窺う。狭い隙間から差し込む月光と、散りばめられた星の輝きに照らされた僕は今一体どんな表情を浮かべているのだろうか。
紫苑さんに対する不安? 心配? それとも……彼女が消えてくれるかもしれない安堵か?
「……僕って最低だな」
あれほど僕に対してよくしてくれた紫苑さんに対して未だにこんな感情が浮かぶのか。いや、紫苑さんに対してというよりもヒトという生き物に対して期待してないのかもな。
夜は嫌な記憶を思い出す。だからなのか、変なことを考えてしまうのかもしれない。
もう寝よう、明日も早いんだ。
ある日、僕の大好きなweb小説が現実になった世界でこの先の展開を知っている僕は無双します 赤井レッド @Famichiki_Red_1060
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