第8話 優しさ

 魔導巨人ゴーレム。魔力を帯びた鉱物によって形作られる巨体は身長5メートルはにものぼり、動きは比較的緩慢だが、その拳から繰り出される破壊力は比類ない。


 鞘から魔導巨人ゴーレムがこちらに巨腕を振り下ろすのと同時に駆け出すと、魔導巨人ゴーレムの腕を駆け上がって来国光を巨人の頭目掛けて振り抜いた。

 筋力Lv30を誇る一刀はいかな魔導巨人ゴーレムと言えど大きなダメージを与えられると踏んでいたのだが――。


「これは予想外だな……」


 斬ったと思った魔導巨人ゴーレムの首は繋がっているばかりか、ダメージらしきものは僅かな傷のみ。

 物語の中で魔導巨人ゴーレムが登場するのはもう少し先のことだが、魔導巨人ゴーレムが物理攻撃に対して耐性を持っているのは知っていた。しかしこれほどとは……。


 少し魔導巨人ゴーレムを甘く見ていたことを反省し思考を巡らせる。

 どうする? 来国光が効かないなら次は……。


「おっと」


 次の策を練っている間も魔導巨人ゴーレムは待ってはくれない。

 一撃でも受ければ瀕死間違いなしの凶撃が執拗に僕を狙う。


 B級アイテムの来国光と僕の高ステータスをもってしても突破できないほどの高い物理攻撃耐性を持ち、掠りでもすれば致命傷となる恐ろしい攻撃を持つ魔導巨人ゴーレム

 しかしあくまで魔導巨人ゴーレムが出てくるのは序盤だ。それにも関わらずこれほど高い能力を持っているのは、その敏捷性と知能を代償にしているからだ。

 これで動きも早く、知恵を働かせてくるモンスターであったらとてもじゃないが手に負えない。


 そんな魔導巨人ゴーレムの対処法として最も有効なのは魔力による攻撃を行うことだ。物理攻撃に高い耐性を有しているのに反して、魔力攻撃にはめっぽう弱いという弱点を抱えているのだ。

 実際それが手っ取り早く、且つ正攻法なのだが、残念なことに僕はとある事情でまだ魔力系スキルを獲得していないためその方法での攻略は不可能だ。


「となるとアレかな」


 抜いていた刀を鞘に納めると、魔導巨人ゴーレムを中心にその周囲をぐるりと周りながら奴の身体をくまなく観察する。


「あった」


 ゴツゴツとした岩石で出来た身体の内、一部分だけが青紫色に発光している鉱石が見えた。あれこそが魔導巨人ゴーレムコアであり、唯一物理攻撃が効く魔導巨人ゴーレム最大の急所だ。

 個体によってコアの位置は異なるが、今回の場合は人間でいう鳩尾みぞおちの辺りに青紫色の光が見えた。


 魔導巨人ゴーレムの攻撃はワンパターン。

 腕を振り上げ力のままに振り下ろす純粋な破壊の一撃。


 そしてまた、その腕を振り上げた。

 分かりやすい予備動作を見切り、一気に距離を詰めていく。

 魔導巨人ゴーレムの巨腕が地面と衝突し轟音と砂塵が舞う中、僕の拳は胸部のコアを捉えていた。


「っ……!」


 武術の心得がある訳でもない僕はただひたすらに、その一点に確実に当たる事だけを考えて渾身の一撃を放った。


 拳が魔導巨人ゴーレムコアに触れた瞬間、コアは砕け散り、破片が宙を舞う。それと同時に目前の巨体が前のめりに頽れてくるのをすんでのところで横に避けた。


『ボスモンスター魔導巨人ゴーレムを撃破しました』


『1000コインを獲得しました』


『“遮光花”を獲得しました』


『“姿形見えぬ無名なる混沌”が愉快そうに手を叩いています。1000コインがドネートされました』


「え~すごっ!」

「うわっ!?」


 突然背中に衝撃を感じ何事かと思うと僕の背中に紫苑さんが抱き着いていた。

 いつの間に僕の背後に……とか、いつから見ていたのか……とか色々と言いたいことはあるが――。


「と、取り敢えずいったん離れてもらえませんか?」

「あ、ごめんごめん」


 僕に言われて笑いながら背中から離れると、紫苑さんは目を輝かせたまま怒涛の勢いで詰め寄ってきた。


「それより!! さっきの凄いじゃん! 彰って強いんだな」


 そう言って僕の頭を優しく撫でてくる。

 さっきも思ったけど紫苑さんはやっぱり僕のことをペットか何かだと思っているんだろうか?

 気恥ずかしさもあり、手をそっと退けると紫苑さんが少し名残惜しそうな顔をしていた。


「それを言うなら紫苑さんの方ですよ。ここにもう来てるってことは“死羅百合”は手に入れたってことでしょう?」


 僕が尋ねると紫苑さんは自慢げにウィンドウを開いてアイテムを取り出し、僕に見せてくれた。

 白と黒の斑模様をした毒々しい見た目の百合の花。

 間違いなくそれは小説で描写されていた通りの“死羅百合”だ。


「これで取り敢えずここでの用事は済んだので、次の目的地に向かいます」

「次はどこに向かう?」


 次に向かうエリアはもう決めている。

 元々は僕一人でこの島を攻略するつもりだったから、次に向かうのは砂漠地帯にしようと考えていたが、紫苑さんという協力者が出来たなら話は別だ。


「この遺跡地帯であと一日か二日滞在することになると思います」

「ほー? 何をするんだ?」

「拠点を構えて、そこで強引に毒耐性を獲得しようと思います」

「毒耐性……?」


 元のプランではこれはもし時間が余ればやろうと考えていたことだが、恐らくやることはないと思っていた。

 理由は二つ。第一に恐らく僕のプラン通りに進めるためには時間が足りないだろうということ。第二に一人で行うにはリスクが高いこと。


「取り敢えず歩きながら話しましょうか」


 ♢


 遺跡地帯の外れ、木々に囲まれた森林の端にある洞穴の中に僕達は拠点を置くことにした。道中に二日分の食料や水を集めながら、加えてとあるアイテムを探していた。


「本当にこれを食べるつもりなのか?」

「一応……はい」


 紫苑さんが顔を顰めるのも無理はない。

 僕が今手に持っているのはキノコ……のはずなんだが……。


「どうしてこのキノコこんなにうにょうにょ動いてるんだよ!!」


 僕らの目の前にあるのは猛毒嵩マイコニドという名のキノコのモンスターだ。紫と赤というあからさまに毒がありますよという見た目の通りその身体には猛毒があり、迂闊に触れると発熱・嘔吐・下痢・麻痺・眩暈・幻覚作用等の症状を引き起こす。

 それを僕らは今から食べようというのだ。普通に考えれば正気の沙汰ではない。


「まず先に僕がこれを食べます。多分毒耐性がつくまでの間かなり見苦しい姿を見せることになると思うのですいません……」

「謝る必要ないって。それで、どうしてわざわざそんな方法をとってまで毒耐性が必要なんだ?」


 そう、それを聞かれると弱いのだ。

 僕がこのサブストーリーで毒耐性を獲得しておきたい理由は先のメインストーリーで毒を使ってくる敵が現れ苦戦を強いられることになるのを知っているからである。

 ただ、紫苑さんに僕がこの世界の未来を知っていることを知られるわけにはいかない。確かに今は一時的に協力しているが、出会ったばかりの人間をそこまで信頼できるほど僕はお人好しではなかった。


「それは……言えません。すいません……」

「……そうか。彰が言いたくないなら私はそれで構わないよ」

「……」


 紫苑さんは優しく微笑むと僕の頭を軽く撫でた。

 その暖かな手と優しさが、今の僕には酷く痛かった。


「それじゃあ私は彰がこのキモイキノコを食べて苦しんでる間看病してやる」

「え、でも」

「何だ? 看病してもらうつもりなんじゃなかったのか?」

「マイコニドの毒でダウンしてる間辺りを見張ってくれるだけで十分ありがたいと思っていたので……」

「そんな水臭いこと言うな。私と彰は仲間だろ? 仲間ならもっと私のことを頼ってくれていいんだぞ」


 何て言ったらいいのか分からなかった。

 人からそんな風に優しくしてもらった経験というものが僕にはあまりなかったから。

 風邪を引いて寝込んだ時も誰かに看病してもらった記憶はないし、自分で何とかしてきた。


 小説の主人公ならこんな時何て言うんだろう。


「普通にありがとうって言えばいいんだよ」


 僕が何て答えればいいのか分からずにいたのも見透かしていたように、彼女は優しくそう言った。


「……ありがとうございます、紫苑さん」

「おう♪」


 何故か嬉しそうに答えた紫苑さんにつられて僕まで何だか嬉しくなってしまう。

 誰かと一緒にいることも悪くないんだな。

 胸に暖かな思いを感じ、僕は今日そう思えた。

 それは皮肉にも平和な日常の中でではなく、生死を賭ける日々の中でだったが。


「それじゃあ彰はコレ、もう食べるのか?」

「一応食べる前に解毒薬を飲んでからですね。気休め程度の効果しかありませんが、ないよりかはマシなはずです」


 先程集めてきた素材の中から解毒効果のある薬草を選び、その辺りから拾って来た石で薬草を磨り潰すとそのまま飲んだ。

 口の中に広がる苦みとえぐみに耐えながら猛毒嵩マイコニドを来国光で刻んで口の中に放り込んだ。


 意外と味は悪くないんだな。

 そう思った矢先だった。僅かだが口の中が、舌先がピリピリと痺れ出した。


「早速症状が出てきたみたいです」

「もうか?」

「はい。この後さらに悪化してくると思います。本当に看病なんて最低限で大丈夫ですからね」

「まーだそんなこと言ってんのか? 私がちゃんと看病してやるから安心しろ」


 そう胸を張る紫苑さんを見て気が緩んだ次の瞬間――。


「っ……!?」


 全身の皮膚に痛みが走る。

 それに頭が朦朧としてきた。

 この状態でこれからあと一日か、考えるだけで憂鬱だ。


 さあ長い夜が始まる。

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