第7話 初めての仲間?

 一体どういうことなんだ?

 勿論小説の世界に登場していたとしても初日に塩野さんのことを襲った男達のように名前を持たない登場人物も存在する。

 ただ、過酷な自然環境とモンスターの跋扈するこの島で知識もないのに僕より先に黄金樹へ辿りつけるアバターに名前がないとは考え難い。


 となると考えられる選択肢は彼女、来栖紫苑がこのサブストーリー中で死亡するため小説本編では関わりがなかったのか、彼女は小説には登場しないこの世界オリジナルの存在なのかのどちらかだ。


 正直言えば最初の可能性の方を信じたいが、それは恐らくないだろう。

 黄金の林檎をいち早く手にすることが出来るだけの実力を持つ彼女がこのサブストーリー中に死亡するとは考えられない。

 となると第二の可能性、来栖紫苑はこの世界オリジナルの存在であるため小説には登場しなかったという方が現実味を帯びてくる。


「じゃあまず私から質問していいか? どうして彰はあんなに焦って私のことを呼び止めたんだ?」

「ああ、それは来栖さんがこの“黄金の林檎”を手に入れようとしていたからです」

「なんだ? 彰もそんなにお腹空いてたのか?」

「ええ、まあそんなところです」


 一瞬の逡巡の末、僕は彼女に嘘をついた。

 本当のことを話すのはまだ早い。彼女が何かを隠している可能性もまだ否定できないし、信じていい人物かどうかも分からないのだから。


「ふ~ん、そうだったのか」

「それじゃあ次は僕から質問しますね。来栖さんはどこでスタートして、どうやってここまでやってきたんですか?」


 これが一番の謎だった。

 彼女は僕よりも速くに黄金樹のもとへ辿り着いていたわけだが、果たして本当にそんなことが出来るのか?


「私は始まった時周りが遺跡? みたいなところで、周りからうじゃうじゃ化け物共が出てきたからそいつらを蹴散らしてたんだ。そのまま進んでたら気が付くと遺跡を抜けてて、遠くに光る大きな木が見えたから近くに見に来たってわけ」


 一番あり得ないと思っていた僕の考えが現実のものとなってしまった。

 遺跡ということは島の西側に位置する遺跡地帯からスタートしたのだろう。あそこはとにかく意地の悪い罠と罠に追い込むためのモンスターが現れるエリアだが、四つのエリアの中だと比較的簡単な部類だ。


 そうだとしても何の前情報もなくあそこを突破してきたとなると、腕が立つのは言うまでもないとして、かなり頭が切れるのかそれとも強運の持ち主なのか……。

 どちらにせよやはり彼女に興味が湧いた。


「あの来栖さんさえよければこのサブストーリーが終わるまで一緒に行動しませんか?」

「え、いいの!! こんな世界になってから久しぶりに人と話して私嬉しかったんだ。だから私からも是非頼むよ」


 目を輝かせた来栖さんはニコニコと本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。

 そんなに喜んでもらえて僕も嬉しい気持ちになったが、同時に打算から彼女を誘っているため少し罪悪感も感じた。


 一人で行動した方が間違いなくモンスターを殺す効率もいいし、情報を他者に漏洩するリスクもない。

 ただ、ここで彼女と行動を別にした場合もしかすると彼女はこのサブストーリーで命を落とす可能性がある。彼女の能力は以前塩野さんのステータスが見れた時のようには見えないが、間違いなく何らかの強力なスキルか神授を受けていることは確かだ。


 そんな強力な力を持つ彼女をここで失くすことは今後のメインストーリー攻略に於いて悪影響を及ぼすに違いない。

 僕は自分の成長とメインストーリー攻略時の楽さを天秤にかけ、彼女を選んだのだ。


「そうだな~折角仲間になったんだし私のことは苗字じゃなくて名前で呼んでよ」

「えっと、それじゃあ紫苑さん……?」


 僕が名前で呼ぶと紫苑さんは満足そうに笑みを浮かべ僕と肩を組んできた。


「おう!」


 肩を組まれると身体が密着し、否が応でも彼女のたわわに実った果実を感じざるを得ない。恥ずかしさと彼女の距離の近さに思わず赤面し、僕は距離を取った。

 紫苑さんは不思議そうにしていたが、彼女にとっては異性ともあれほど近い距離間で接することが普通なのだろうか? 見た目からしてギャルっぽくはあるけど……。


「それでこれからどうするんだ?」

「そうですね……。今後のことを考える前に、紫苑さんが良ければ紫苑さんのステータスを教えていただけますか? 僕と紫苑さんの今の実力がある程度分かっていれば今後の方針も立てやすいので」

「全然いいぞ、私は体力Lv20、筋力Lv25、敏捷Lv15、魔力Lv5だな」


 彼女のステータスの高さに唖然とした。

 先程獲得したコインを割り振れば僕も同じ程度にはステータスを強化できるだろうが、それは僕が小説の知識を有しているからこそ出来たことだ。

 それなのに何もしらないはずの彼女が僕と同程度、今時点ならば僕以上に高いステータスを持っていることが本来ならばあり得ないことなのだ。


 考えられるのは彼女が守護神にいたく気に入られているという可能性だ。神は己が守護神となったアバターに対してある程度の干渉を行うことが出来る。

 その代表的なものが神授。これは守護神から与えられる、その神の力を一部行使することが出来る強力なスキルと考えればいい。

 他にもコインを与えたり、スキルを与えたり、アイテムを与えたり、自身好みのアバターに対しては多額の支援をすることもしばしばある。


 だが、守護神がアバターを支援することは稀だ。理由は自信を守護神に持つアバターの数が無数にいるためだ。

 その中でも極々一部のお気に入りのアバターに対して支援を行うというイメージなので少ない。ただ、守護神に気に入られているアバターはそれだけで他のアバターとは一線を画す実力を持つ。


 小説に出てくるメインキャラクターの殆どは守護神に気に入られているアバターだった。そうでもないとこの世界で大きな活躍をすることは難しいのだ。


「彰のステータスは?」

「僕は――」


 先程手に入れたコインを能力振りに使用する。


「体力Lv15、筋力Lv15、敏捷Lv15、魔力Lvです。紫苑さんはステータスが凄く高いんですね」

「そうかな? いざとなったら私が彰のことを守ってやるから安心しろ」


 少し照れ臭そうに、にゃははと笑うと彼女は僕の頭をぽんぽんと軽く撫でた。

 僕は彼女に一体どういう見方をされているんだろうか……。ペットか何かだと思われているのか?


『貴方を普段から見ている神々が面白そうに笑っています』


 この暇人……いや、暇神共め……。

 まあそれはいい。紫苑さんに伝えたあのステータス、嘘である。

 本当のステータスは――。


 名前:読売彰

 年齢:17

 保有コイン:5200

 称号:【勇者】(伝説)【命知らず】(希少)【小鬼殺しゴブリンスレイヤー】(一般)【幻惑に打ち勝つ者】(一般)


 守護神:【姿形見えぬ無名なる混沌】(仮契約)【神託預言せし角笛吹き】(仮契約)【獄炎を支配する狂帝】(仮契約)【叡智を持つ影の知恵者】(仮契約)


 特性:【???】(???)【褪せた世界】(伝説)【忍耐】(希少)【読者】(一般)


 スキル:【適応力Lv4】【近接格闘Lv4】【刀術Lv4】【記憶力Lv2】【速読Lv2】【熱気耐性Lv1】【寒気耐性Lv1】【幻惑耐性Lv1】【物理耐性Lv3】【精神耐性Lv8】【第六感Lv2】


 ステータス:【体力Lv30】【筋力Lv30】【敏捷Lv30】【魔力Lv10】


 アイテム:【来国光】(B級)【魔法の黒コート】(D級)


 初心者パック・成長パック1・成長パック2適用中


 これが本来のステータスだ。さっき僕はコインを使ってステータスを体力、筋力、敏捷は今上げられる限界まで、また魔力をLv10まで上げた。

 加えて【近接格闘】をLv4、【第六感】をLv2に、新たに【刀術Lv4】【熱気耐性Lv1】【寒気耐性Lv1】を獲得した。


 それでもこれまで守護神共からのドネートと先程砂漠地帯で荒稼ぎしていたおかげでコイン5000は残すことが出来た。


「紫苑さんがかなり強いので少し早めに動いても良さそうですね。これからの方針なんですが――」


 ♢


 僕達は今別行動をとっている。その方が効率がいいからだ。

 ここは西の遺跡地帯、無数にある遺跡の内部。

 所々崩れ落ちた瓦礫の隙間から日光が差し込む通路を進んでいく。通路は苔や蔦が壁面や床を覆い、ジメジメとした湿気を放っている。


「おっと……」


 床や天井、壁面、あらゆるところに注意を配らせながら歩いているとやはりあった。

 明らかにそこだけ埃を被っていない真新しい石畳。これはこの遺跡に存在する罠の一つだ。

 この罠を踏み抜くと背後からモンスターが湧き、前方へ逃げると落とし穴に落とされるという何とも性格の悪いものだ。


 この遺跡内部はこのような罠が無数に点在しているわけだが、僕と紫苑さんがここへと訪れた目的は唯一つ。

 この遺跡の最深部に咲く“遮光花”を手に入れるためだ。


 僕達がそれぞれ別行動しているのは、この遺跡には面倒なギミックとして、とある位置に存在する二つの仕掛けをそれぞれ発動しなければ最深部の部屋の大扉が開かないというものがあるのだ。

 一緒に行動していると片方の仕掛けを作動させてからもう片方の仕掛けを作動させて、その後に最深部へ向かわなければならず非常に時間がかかってしまうのでこうして二手に分かれている。


 そして僕は自分の方の仕掛けは作動させ、紫苑さんが仕掛けを作動させてくれるのを最深部の大扉前で待っているわけだ。


「お」


 重厚な大扉が砂埃を立てながらゆっくりと開かれる。

 扉の奥は体育館程ありそうな空間が広がっており、中心には僅かに差し込んだ日光を浴びる一輪の“遮光花”が僅かに揺れていた。


『ボスモンスター、魔導巨人ゴーレムが出現しました』


『ボスモンスターの出現に“姿形見えぬ無名なる混沌”が期待しています』


 さて、紫苑さんがここに着く前に終わらせるとするか。

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