本編開始前に終わるとか、そういうバグはごめんです
私は維茂の肩の上で、じっと酒呑童子と茨木童子を睨んだ。
残念ながら今の私では保昌みたいなことはできないけれど、でも。
私は森の向こうから星を探り、そっと口の中で詠唱を唱えた。星が勝手に、紡ぐべき詠唱を教えてくれる。
「牛の尾を手繰り寄せ、更なる幸運を……
そのまま私はピタンと維茂の肩を叩いた。
幸運を付加する詠唱だ。ゲーム内だったら、攻撃が当たったらクリティカルになる確率が上がるとか、相手の攻撃を回避する確率が上がるとか、本当に地味な能力だった。だって相手に攻撃することも、攻撃を阻止することもできないんだもの。
でも、その詠唱が今はすごく利いている。
「ほう……巫女の守護者、かぁ……!」
酒呑童子は持っていた大剣をぶん回し、木ごとこちらを薙いでくる。ブン、ブン……と大きく音を立ててぶん回してくるんだから、これじゃどんどん森が荒れてしまう。
でも私の唱えた扇星のおかげか、不思議と維茂は無事だし、彼の肩に捕まったままの私も無事だった。
維茂は酒呑童子の持っている大剣を見て、今持っている得物だと押し負けると判断してか、佩いだ刀を抜くことなく、大剣を避けるのに体力を使っている。
それに、暗殺に来ていたのだから、酒呑童子のような大味なことばかりをやっている訳ではない。
「二対二……のつもりかしら。これでは一対二で、なんのお話の価値もなくてよ」
そう嘲笑してくる茨木童子は手をバチバチと光らせてくる。
……神通力。鬼たちが使ってくる魔法みたいなものだ。星詠みのものとは違い、詠唱抜きで発動させてくるんだから、厄介極まりない。
茨木童子の手はどう見ても火花が散っていて、どう考えても使ってくる神通力は雷を落とすものだ。
やめて、これ以上このふたりに暴れられたら、本気で鬼無里の森がなくなっちゃう。さっさとお帰り願いたいけれど、いったいどうすればいいの……!?
やがて、茨木童子は手を天に向けたかと思ったら、稲光がこちら目掛けて落ちてくる。
「ちっ……!」
維茂は私を抱えたまま、横に飛ぶ。
横に飛んだら今度はブンッと音を立てて酒呑童子の大剣がぶん回されるのを避ける。これじゃあ、キリがない上に、維茂の体力が……。
私はギリギリと唇を噛む。まだ修行不足のせいか、私は彼を回復させることすらできない。
せめて、あとひとり。あとひとりでいい。こちらに誰かが加勢に来てくれたら、中ボスでもなんとか対処できるはずなんだけれど……!
鈴鹿は駄目だ。舞台を空ける訳にはいかない。同じ理由で利仁もアウトだ。田村丸はそもそも鈴鹿の護衛なんだから、離れちゃ駄目だろ。後は……。
「杓に手をかけ、光の恵み。汝安らぎを得よ……
ひんやりとする風が吹いたと思いきや、その風は維茂に吹いた。
その声は。
「保昌!」
「申し訳ございません、維茂さん、紅葉様。凶兆が見えたので、慌てて探しました。間に合ってよかったです!」
小柄な少年が、今はこんなにも頼もしいなんて。この間から勉強を見てもらっていたあれこれが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
維茂はようやく私を降ろすと、保昌に引き渡した。
「……魑魅魍魎は既に紅葉様が清めた。あとはあの鬼たちを倒せば……」
「……さすがにこの鬼たちを、今調伏するのは難しいやもしれませんが。これ以上里に長居させる訳には参りませんね」
……接近戦特化の維茂に、補助特化の私に、回復特化の保昌が加わった。
今このふたりを倒してしまったら、シナリオにどう影響が出るかわかったもんじゃなかったけれど、幸いふたりとも酒呑童子も茨木童子も倒せないと判断を下したから、収穫祭の舞台に近付けさせないってことで意見が一致したのもよかった。
舞台が終わったら、残りの三人の加勢も入るから、追い出すことくらいまでだったら、なんとかなるかも……!
酒呑童子は「ふんっ」と鼻で笑った。
「何人増えたところで同じことよ。巫女を殺し、我らの安寧を謀る」
「我らが同輩のためにも、あなた方を始末致しましょう」
そう言って茨木童子も手を構える。
とりあえずは酒呑童子は維茂と保昌に任せるにしても。茨木童子の神通力が厄介なんだよなあ……詠唱抜きで雷を落としてきたり、星を落としてきたり、挙げ句の果てにこちらは詠唱しなかったら回復できないのが、こちらが必死で倒した酒呑童子の治療をしてきたりするんだから、RPGのセオリーとしては、茨木童子から倒さないといけないんだけれど。
……補助詠唱しか使えない今の私には、さすがに荷が重くないか?
私がダラダラと汗を垂らしつつ、どうにか使えそうな詠唱を星を見ながら探る。
その様子に、茨木童子はくつりと笑った。やたらと色っぽい動きをするのは、この人が中性的なせいなのか。
「あら、可愛らしいお嬢さんが相手なのね? 残念ね、私、巫女一筋なの」
「……鈴鹿を、巫女を、狙うのは止めていただけませんか?」
「駄目よ。あの子は私たちの脅威になるもの。だから都からの使いが来る前に始末をするの。あと邪魔だからあなたたちもね」
やんわりとした動きで手を向ける。
その手には火が点って見える……これ、まさか。
「じゃあ灼熱地獄に墜ちなさい」
森を燃やす気だ……! まずいまずい、森を燃やされたら、そのまんま神社まで火に撒かれてしまう……森を開拓したこの里に、逃げ場なんてないじゃない……!
私は焦りつつ、どうにか星を見て詠唱を絞り出した。
「弓の弦たる欠けたる月よ、その身をもって禍と成せ……下弦!」
その詠唱を大きく茨木童子にぶん投げた。その光で、茨木童子が振り撒こうとしていた炎の強さが、若干弱まった……これくらいの火力だったら、森を燃やすほどの威力はなく、仮に火がついてもすぐに踏んで消せるレベルだ。
力の弱体化詠唱で、ゲーム内では相手の攻撃モーションを遅くしたりするものだけれど、実際には攻撃力を全部半減してくれるものらしい……なんだ、無茶苦茶強いじゃんよ。補助詠唱。
それに少しだけ驚いた顔をした茨木童子は、きょとんと金色の瞳を丸く見開いたあと、にっこりと笑った……いや、この笑い方はふんわりとしたヒロインのものではない……おいしそうなご飯を見つけたときの、捕食者の顔だ。
「あらぁ……あのおちびさんよりも詠唱が下手くそだと思っていたけれど、隠していたのかしらね? 事前の調べではあなたはただの箱入り娘って聞いていたのだけれど……」
「……友達が心配で、なにが悪いんですか」
「人間のそれって、本当によくわかんないんだけどねえ……でも、まあ」
茨木童子は今の力では雷を落とそうが火を放とうが、森を焼き払うことは不可能だと判断して、さっさと手を降ろしてしまった。そういえばこの人、諦めが無茶苦茶早いんだった。逃げ足も早いしなあ……。
酒呑童子はというと、維茂と激しい攻防戦を繰り広げていた。
私が降りたせいで身軽になった維茂は、酒呑童子の大剣に太刀を滑り込ましていなしている。ガンッガンッと刀身がばっくりと折れるんじゃないかというひどい音を立てているけれど、かろうじてどちらの刀も無事だ。
鼻からふたりとも、時間稼ぎしか考えていないせいで、維茂の体力をひたすら保昌が回復させ、維茂は体力の限りを尽くして、酒呑童子と拮抗している……残念ながら、今の維茂では酒呑童子を倒すほどの腕力もなければ、ここで体力が切れたときに逃げ切る脚力もない。でも、少なくとも時間稼ぎさえ成功したら、少なくともふたりを撃退させることはできるはず。
それに。収穫祭の舞台から流れてくる音楽が、そろそろ途切れそうなのだ。
「そろそろ潮時よねえ。巫女の顔、見たかったんだけれど。残念よねえ」
ちっとも残念じゃない具合に、茨木童子はのたまった。
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