リメイク版の追加シナリオには反対ですが、違うフラグを立てたいとは言っておりませんとも

 舞台の鈴の音が止まり、歓声が響いた。

 これが終わった以上、巫女の鈴鹿は鬼の気配に気付いて、すぐに田村丸と利仁を伴ってこちらに向かってくるだろう。

 これで、鬼ふたりは撤退してくれるはず。

 茨木童子はクスクスと笑って、鋭いほどに伸びた爪で、こちらの髪を撫でてきた。少しでも動いたら首が切れそうなほどに鋭い爪に、私はダラダラと冷や汗を流す。


「紅葉様……っ!」


 維茂が焦った声を上げたとき、酒呑童子は彼を叩き潰そうとばかりに大剣を振り下ろしてきた。


「よそ見をする余裕があるようだなぁ?」

「……くっ」

「維茂さん、大丈夫です! 既にこちらに巫女様たちが向かってらっしゃいますから。鬼もここで多勢に無勢は避けたいでしょう」


 維茂の焦りに、保昌が冷静に声を上げる。

 ……そう、たしかに私たちだけじゃ、鬼に里を燃やせないよう牽制するしかできないし、ましてや倒すにはレベルが足りな過ぎて無理だ。でも鈴鹿の持っている刀は、魑魅魍魎どころか鬼すらも切れる神刀だ。それと真っ向から対峙するのは、いくらレベルの上ではこちらより勝っているはずの大江山組も避けたいだろう。

 それに保昌の言った通り、酒呑童子は維茂の頭蓋を叩き割らんとばかりに振り上げた大剣を、あっさりと自分の肩に構えた。


「……ふん、これは巫女が向かってくるか。簡単に首を差し出してはくれんようだな。帰るぞ茨木」

「はいはい」


 茨木童子は妖艶な笑みを浮かべて、こちらの髪を梳いた。


「ところで、巫女様のお友達のあなたの名前はなあに?」

「はい?」


 思わず紅葉のロールを放棄して、私は素で返してしまった。茨木童子はくすくすと笑う。


「あなたも守護者に選ばれるんだったら、早く大江山にいらっしゃいな……向いてないことを必死で背伸びして頑張る可哀想なあなたを可愛がってあげたくなったわぁ」


 その言葉の節々に入っている棘や毒に、私は身震いをした。

 ……ええ、ここで鈴鹿とこのふたりが対峙するのを阻止したかったのは私だ。勝手にフラグを積み立てて、勝手に新規攻略対象面されるのは我慢ならんかったから。

 だが、これはなんだ。紅葉が勝手に茨木童子に執着を向けられているじゃないか。これは恋愛フラグかって言うと、私の知っている限りブラックサレナ名物の闇落ち男子がヒロインに向ける狂愛とか執着とかいう、もう恋愛と言ってはいけない奴に近いような気がする。

 ……怖いとか、おそろしいとか言うよりも、気持ち悪い。

 クソプロデューサー……!!

 おんどれは『黄昏の刻』の本家本元のプロデューサーに土下座して詫びろよ!? この話はブラックサレナにしては珍しい真っ当な話だから、闇落ちとかブラック設定とかない王道ファンタジーだっつうのに、昨今のブラックサレナのお家芸をとりあえず入れておけばオッケーみたいなお手軽改悪するんじゃないわ!

 どこが売りなのかわかってないゲームのリメイクになんか、手ぇ出すんじゃないわ!!

 そもそも私、ブラックサレナの闇落ち男子はガチで怖くって好きじゃねえんだわ! だから真っ当な攻略対象が好きだっつうのに! マジでいい加減にしろよ!?

 こちらが怒りで打ち震えている間に、鋭い爪の感触は去り、そのまま茨木童子は酒呑童子と立ち去ってしまった。

 私はそのまんま座り込むとボロボロと泣き出す。途端に維茂が「紅葉様!」と走り寄ってきて、膝を突いた。


「紅葉様、あの輩になにかされて!?」

「……いえ、維茂。大丈夫です。本当に……大丈夫なんです」


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 自分に向けられた感情の気味の悪さに、私の涙腺は馬鹿になってしまってなかなか止まらなかった。維茂は歯を食いしばって、鬼たちを睨み付けている中、「紅葉ー!!」と走り寄ってきた姿があった。

 鈴鹿だ。舞台用の装束を来たまま、神刀を携えて走ってきたのだ。でも既に鬼たちは帰ったあとだ。本家本元だったら大江山まで出番がないはずだけれど、リメイク版だったら次はいつ現れるのかわからない……というより、会いたくない。

 私が泣いているのに、鈴鹿はぎょっとして私に抱き着いた。


「どうしたの、紅葉。ここになにか来たの?」

「お、鬼が現れて……」

「鬼が、紅葉になにかしたの?」


 途端にギュンッと目付きを吊り上げる鈴鹿に、私はぶんぶんと首を振る。

 本当になにかされた訳でもなく、向けられた執着が気味悪かっただけだなんて、どうやって説明できるのか。

 ただ私に抱き着いて、鈴鹿が言う。


「……ごめんね、紅葉」

「ええ……?」

「私がまだ不甲斐ない巫女で、皆に迷惑かけてばかりで、今回だって里に鬼の侵入を許しちゃった……それはきっと、まだ里の中に私を信用できない人がいるから」

「ちょっと……鈴鹿、なにを言ってますの?」


 待って。なんか今回の一件で、なにか鈴鹿の地雷を掘り起こしてしまってないか?

 私はおずおずと鈴鹿の背中を撫でると、途端に鈴鹿は抱き着いていた腕の力を緩めて、こちらににっこりと笑った。


「紅葉が向いてない星詠みの修行をはじめたのは、そんな私を心配してくれたからでしょう? 大丈夫。私、もっと強くなって、皆に認められるように頑張るから。だから、紅葉」


 待って。早まらないで。私が「待って鈴鹿……」と遮る前に、彼女は本当に綺麗な、それこそ本当にヒロインそのものという健気な顔で笑った。


「紅葉はこの里で、平和に生きて。無理して、強くなろうとさせちゃって、本当にごめんね?」


 違う、強くなりたかったのは私のエゴだ。鈴鹿のためだけじゃない。もちろん鈴鹿のためもあるけれど、100%じゃない。

 だからそこであなたが謝る必要は全然ないんだったら。

 私が何度説明しても、鈴鹿にぶんぶんと首を振られてしまって、拉致が明かず、結局は鈴鹿は田村丸が、紅葉は維茂が引き剥がして、解散となってしまった。

 違うんだ、そうじゃないんだ。私は、この世界にかかっている修正ペンに全然納得がいっていないから、どうにかしたかった。それだけなんだ。

 もちろん推しカプもそうだよ。維茂と紅葉を見たかったのは本当だよ。でも維茂は紅葉と完全に主従になってしまって、今も紅葉のことをどう思っているのか、全然わからないもん……。

 本当に、どうすればいいんだろう。

 それからは保昌は星見台に鬼たちを引き入れた人たちの追跡尋問のために戻り、利仁は「祭りはまだ終わってはおらぬよ」と鈴鹿と田村丸と一緒に戻ってしまった。

 私は鈴鹿に謝らせてしまったこと、茨木童子から向けられた感情で、頭がぐちゃぐちゃになっているまま、維茂に屋敷まで送られることになった。

 ……本当に、よかれと思って足を引っ張っている。


「……維茂。私、またひと月しか修行していません。保昌に頭を下げて、今一生懸命に星詠みの修行をしています。まだひと月だけなんです……それを、向いてないのひと言で済まされちゃって……納得いっていません」


 私の言葉を、維茂は涼しげな顔で黙って聞いてくれている。

 この人のそれは、ただの主人の愚痴を聞いているだけなのか、ひとかけらほどの情があるのか、そこだけは私にもよくわからない。ただ、いつもの人に勘違いされそうなひと言もふた言も足りない口の悪さは引っ込めて、黙って聞いてくれているのだけがありがたかった。


「友達と一緒にいたいから。もしかすると、旅の果てになにかがあって、もう二度と会えなくなってしまうかもしれないと思ったら、一緒に行きたいと思うのは、間違っていますか? 鈴鹿だけでなく、田村丸も保昌も幼馴染です。利仁は長らく里に住み着いている踊り子ですから、愛着だってあります。それに……ずっと一緒にいた維茂と離れたくないって。その気持ちは、独りよがりとかわがままで済まされてしまう程度のものなんでしょうか?」


 しばらくの間、沈黙が降りた。

 やがて、屋敷が見えてきた。こちらのほうに「紅葉様、ご無事ですか!?」と侍たちが走ってくる。そろそろ戻らないといけないし、維茂も警備に戻らないといけない。

 私は維茂に会釈をして「お仕事頑張ってくださいね」と言って戻ろうとする中、「俺は」とようやく彼は口を開いた。


「俺は、あなたを見誤っていました」

「維茂……?」

「あなたには、ただ平和に生きていてほしかった。あなたは頭領の娘であり、時期に婿を取って頭領を継ぐのだから、わざわざ巫女たちのように命を賭ける任についていく必要はないと、そう思っていましたが……今日確信したんです」

「……なにを、ですか?」

「ひとつ選択肢を誤れば、あなたと簡単に死に別れるということを。それならば、せめてあなたを俺の手の届くところに置いておきたいと、そう思いました」


 え、ええ、ええええ……。

 私は声にならない声を、両手で口を塞いで抑えた。


「……巫女は説得します。これはただの俺のわがままですが、あなたを俺の刀の届く範囲に置かせてください」


 私はプスプスと頭の思考回路が焦げ付く音を聞いた気がした。

 ありがとー、茨木童子ありがとー、あなたのおかげで復帰したわ。維茂と紅葉のフラグ、完全に潰えたと諦めかけていたものが、取り戻せたわ、ありがとー!

 でもあんたには大江山まで会いたくありません。マジで大江山まで会わなくっていいよね、そうだよね。お願いそうであって。

 頭は現実逃避でさんざん興醒めなことを考えていても、口では紅葉が嗚咽を漏らしながら言っていた。


「……お願い、します」


 彼女も本来は、ヒロインのはずなのだから。

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