ファンディスクだからと言って、戦闘に手を抜くのはいただけないと思うんです
収穫祭の日。本当だったら頭領の娘として、巫女や踊り子の舞台を見物するのだけれど、お父様に言って私は屋敷に残ることにした。
「まさかこんな日に風邪だなんて……」
「移してしまったら折角祭りを楽しみにしていた皆さんに申し訳ありませんから……今日は一日養生しています」
「ああ……なら酒でも飲んで寝ていなさい」
そう言ってお酒を置いていって、お父様は慌ただしく神社へと向かっていった。
今は屋敷のほうには、わずかばかりの使用人たちと侍しか残っていない。私はお父様の出してくれたお酒を見る……なんかこれ、お酒というよりも、甘酒? たしかこの世界では十二歳で成人だから、多分飲んでも怒られないとは思うけど。
口に含んでみるけれど、やっぱりどう飲んでみても甘酒で、お酒独特の喉を焼くような感覚は襲ってこなかった。ゲーム内でも多分清酒はあると思うんだけどなあ……。
私はどうにか甘酒を全部飲み干し、帳の向こうを眺める。
維茂が刀を佩いて、見回りに向かうところだ。星詠みにより通達された鈴鹿暗殺を阻止するために。
「ねえ維茂。この預言は鈴鹿には……」
「言ってないそうです。今日の舞台に集中してもらうために」
「でしょうね……鈴鹿も気がかりですが、維茂も無茶しないでくださいね。あなたも無事でなければなりませんよ」
「わかりました。紅葉様も、お気を付けて」
「わかっています」
維茂が他の侍たちと合流して、捜査に散っていくのを見ながら、私は「さて」と空を見た。
ずっと保昌から星の位置は教えてもらったけれど、まだ自分が預言ができるほども星が読めるようになったとは思っていない。でも。
これは本家本元だったら、この収穫祭は旅立つまでのひと月間の話だし、当然暗殺は失敗しているからこそ、鈴鹿は四神契約の旅に出かけられたんだけれど。
今回はリメイク版だし、無茶なレベル調整をしてくる戦闘を強要してくる以上、本家本元の大丈夫は全然大丈夫じゃない。
目を凝らして、私はじっくりと青空を観察した……紅葉は目がいい以上、太陽の光に隠された星も見えるんじゃないかと思ったんだ……本当だったら星詠みの預言は夜に行われるけれど、紅葉の場合は。
私はじっと空を見ていると。
真昼にしっかりと死兆星が見えることに気が付いた……これがはっきりと見えることは稀で、不吉の象徴とされているけれど。
私はそれの筋を辿る……北斗七星が嫌というほどはっきりと見える……紅葉の目がいいを差し引いても、なにかがおかしい。
北斗七星……なんかこれの説明について、保昌は言っていたはずだ。ええっと。
私は記憶を探っていると、星の勉強をしながら保昌が言っていたことを思い出した。
『北斗七星は車に例えられることが多いです。そしてその車に乗るのは王だと。死兆星が見えないときは、これらは吉兆の表れとされているのですが、見えているときは』
「……人の命を奪うくらいの災厄の到来、だったか」
ゲーム内では星詠みの預言は便利アイテムくらいにしか思っていなかったけれど、実際にやってみたら解釈があやふやなものを、いろんな知識や星の並びを総動員して読み解かないといけないから、相当骨が折れる。なによりも精巧に預言を引き出すことが必ずしもいいことではないのが、なお厄介だ。
……落ち着け。これは運命であって天命ではない。天命だったら、そもそも本編開始前に鈴鹿が死んじゃうでしょ。話にならない。
私はどうにか星を眺めながら、それらを回避する方法はないかと見ていたら。星からうっすらと白い筋が見える。
これなんだろう。私はその筋をぼんやりと眺めていた。
たしか、運命は変えられるもので、天命は変えられないんだよな。そしてこの星の位置に、それぞれが移動した場合……。
私はどうにか保昌からレクチャーしたものを思い出そうとしたとき、頭の中になにかがするりと入ってきたことに気付いた。
「……龍の骨の上に浮かぶ光よ、汝の敵を示せ……」
するりと出てきた言葉は、たしか。星詠みの呪文。戦闘では敵の魑魅魍魎の弱点を発見するため、魑魅魍魎図鑑を完成させるために使う呪文だったけれど。
でも今は助かった。
「南極星」
星の光で、白い線が見えてきた。私はそのまま屋敷を出る。
「紅葉様、どうなさいましたか?」
「預言が出たんです! 今、維茂たちはどちらに?」
「維茂たちならば、里の門で探索を……」
「ありがとうございます!」
さっさと居場所を教えて、刺客を追っ払わないといけない。
私は必死に走って、維茂を探した。
****
鬼無里の里の出入り口の門の近くで、維茂を見つけた。
「維茂……!」
「……紅葉様、今日は一日屋敷に……」
「……預言が出ましたっ……刺客の、居場所を……!」
「まさか……紅葉様、ご自分で読んだんですか?」
必死で走ったから、息も絶え絶えだ。その中、どうにか首を縦に振る。
他の侍たちも驚いたような顔で、こちらに視線を送ってくる。星詠みが預言をするのはそこまで珍しくはないはずだけど……ああ、そうか。昼間に預言を行ったから驚かれたんだ。
維茂は気を遣ってか、膝を突いて尋ねてくれた。
「それで、刺客の場所は?」
私は維茂の耳にそっと告げた。刺客がどこで聞いているのかわからないから、これがいいのだろうと。
「……神社の南南西の森です。鬼が、ふたり……」
「……ありがとうございます。神社へ」
そのまんま侍たちが走り出した中、ただ維茂だけは私のほうに振り返った。
「このまま屋敷までお送りしましょう。刺客が固まっているなら、紅葉様は屋敷にさえいれば安全でしょうし」
「……いいえ。私も一緒に向かいます」
「……またわがままを」
「友達の身を心配して、なにがいけないというんですか」
その言葉に、維茂は溜息をつくと、ひょいと私を肩に担ぎ上げた。まるで米俵になったようで、狼狽する。
「こ、維茂!?」
「舌を噛まないでください。走りますよ」
「ひ、ひいっ……!!」
維茂は勢いを付けて走りはじめた。抱えられて走るのはロマンかと思っていたけれど、怖いし足が地面に付かないし、はっきり言って怖い。
ロマンは乙女ゲームの中だけで充分だ。乙女ゲームだった。知ってた。
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