設定資料集で一行だけ書かれているイベントこそ、作中で見たいってことかなりありますよね

 私は屋敷に帰る前に、利仁と一緒に神社に向かうことにした。


「ふわあ……」


 神社にはあれこれぼんぼりに注連縄が飾られ、大きな台には酒樽や獲れた野菜がこんもりと載せられていた。

 収穫祭は、今年の獲れた野菜を神に捧げ、来年も豊作であることを祈るという、昔ながらのお祭りだ。

 利仁が収穫祭で踊り子として、鈴鹿が巫女として一緒に踊るというのは、たしかファンディスクで利仁ルートで語られた話だったと思う。ファンディスクなんだから、恋人同士の睦言で終わらせずに、回想としてスチル見せろよと思っていたけれど。まさかちゃんとスチル実装されるとは思ってもいなかったわ。いや、実際に見るだけなんだけれど。

 祭りの準備で慌ただしく、ちょうど田村丸も舞台のための木材を運んでいるところだった。


「おお、紅葉様も祭りの見学かい?」

「こんにちは、田村丸。ええ折角の収穫祭ですし、鈴鹿が舞うんでしたらぜひとも見たいですもの。ねえ、鈴鹿は?」

「ははは。鈴鹿もお前さんには無様な真似を見せられないだろうさ。先生が厳しくてな、今ひとりで自主練習中だ」

「厳しい先生……」


 私はちらりと利仁を見る。利仁はいつも通り飄々とした態度だ。


「客人が見るんじゃから、無様な舞など披露できる訳がなかろうよ」

「神に披露なさるんでしょう?」

「神とて見せるものは皆客じゃ。同じじゃろうよ」


 相変わらず食えないなあ、利仁は。

 そう思っていたら、リズミカルな足音が聞こえてきた。

 タン、タタタタン、タン。

 境内の向こうまで見に行くと、ちょうど鈴鹿が巫女装束で踊っているのが見えた。

 この間の剣舞の激情とは一転、厳しい先生のおかげでその足取りも手さばきも軽やかだ。それを田村丸は満足げに腕を組み、利仁は顎を撫でながら眺めていた。

 やがて、彼女がくるんとターンを決めると、舞は終了した。私は思わずいつかの剣舞と同じく手を叩いていた。


「すごいですわ、鈴鹿! 今回の収穫祭も、絶対に絶対に成功しますわ!」

「あれ、紅葉。利仁も……見に来てくれたんだ」


 彼女はちょっとだけ汗をかいて、息を切らしながらも答えてくれた。あれだけ軽やかだったけれど、運動量は半端なかったんだなと思い知る。

 鈴鹿ははにかみながら、ちらっと利仁を見る。


「あの……どうだったかな。私の舞。これだったら、舞台で披露しても大丈夫……かな?」

「ふむ。最初の無骨さと雑さに比べればずいぶんと雅さが増したではないか。これならば及第点と言ったところであろう」


 厳しいな、利仁。超絶気まぐれで戦闘方面では本当に言うこと聞いてくれないけれど、芸事方面ではプロフェッショナルだから、ここまで口も悪くなるんだなと納得する。

 でも基本的に柔軟な考え方の鈴鹿は、利仁の指導をスポンジのように吸収していって、どんどんと踊りの上手さが増したというところだろうか。

 田村丸はにこにこと笑う。


「よかったじゃないか、鈴鹿。ずっと上手くできずに泣いてたのに、やっとのこと先生に褒められて」

「た、田村丸、私別に、泣いてなんか……」

「そうかい? 俺が食事を持っていったとき、よくぐずぐずと」

「言わないでってば……!」


 ふたりのやりとりに、なんとなくほんわかとする。

 幼馴染同士の気心の知れたやり取りだ。それを利仁は「やれやれ」と肩を竦める。


「我は少しばかり力を貸したまでよの。明日には舞を披露せねばならぬから、今日は飯を控えて、さっさと寝るがいい」

「うん、ありがとう利仁」

「ふん」


 そう言って彼は間借りしている境内の一室へと引っ込んでしまった。

 相変わらずだなあ。去って行った利仁を眺めていたら、「あ、紅葉」と鈴鹿が寄ってきた。


「ちょっと散歩しない?」

「ええ……?」


 私は田村丸をちらっと見ると、彼は「行っておいで。鈴鹿を休憩させてやってくれると嬉しい」と頭を下げられてしまった。

 ……まあ、ここは神社だし、巫女を狙うような刺客も神社の侍の田村丸がいる場所じゃ狙わないだろう。おまけに結界が張られているここだったら、魑魅魍魎だって現れようがないし。

 私は鈴鹿と一緒に、神社の付近をぐるっと一周することにした。

 元々鬼無里は森や山を拓いてつくられた里だから、神社の周りにも鎮守の森はわざわざ存在しない。民家や田畑以外は、基本的に森ばかりだ。


「ねえ、最近星詠みの勉強をはじめたって聞いたけれど……どうして?」

「あら、どこから?」

「保昌が前に私たちが魑魅魍魎に苦戦していたのを見て、紅葉がすごく思うところがあったのではと気にしていたから」

「あら……保昌ってば維茂には言わないでと言ったのに」

「怒らないであげて。保昌も心配していただけだから……だって、紅葉は戦わなくってもいいのに。私と違って」


 そうポツンと言う鈴鹿に、私の胸が痛くなる。

 ……鈴鹿は天涯孤独の身だ。神社で巫女として、近いうちに来るだろう四神契約の旅に出るためにだけ育てられたのだ。

 親がいたら、娘が魑魅魍魎の戦いに出ると言ったら普通に心配するし、なんだったら止めるだろうけど、彼女を止める親も、心配する人もいない。

 皆が皆、彼女が旅に出たら死ぬかもしれないという想像を働かせながらも、そっと見て見ぬふりをしているのだ。

 紅葉は自分が戦えないことを不甲斐なく思っていた。だって紅葉にとって鈴鹿は、たったひとりの自分を頭領の娘という立場で見ない、対等な友達なのだから。それは多分、鈴鹿にとっても同じことなんだろう。

 ……もちろん、維茂を取られたくないって気持ちは本当だ。でも、それと同じくらいに、鈴鹿が心配なのも、本当の話だ。


「……心配しちゃ駄目?」

「えっ?」


 鈴鹿はぱっちりとした瞳で、こちらを覗き込んでくる。

 ほら、彼女。全然自分が旅に送られることに対して疑問を持ってないんだもの。絶対に彼女の侍の田村丸だって、居候の利仁だって身を案じているだろうに、彼女だけはなんの疑問にも思ってないの。

 私は続ける。


「友達が戦いに身を投じるのに、どうして心配しちゃ駄目ですか?」

「だって……遊びじゃ、ないんだよ? 私だって、ずっと剣の修行をしてきて、なんとか……」

「ですけど、魑魅魍魎以外にだっていろんな敵はいるでしょう? あなたを心配してなにが悪いんですか。だから、私はあなたと一緒に行きたいんです。足手まといにはなりません。今、足手まといにならない方法を探してますから」

「……紅葉」

「収穫祭、楽しみにしてますわね。それでは」

「……うん、私。一生懸命踊るから」


 その言葉に、私は大きく頷いて、帰っていった。

 ……クソプロデューサー。なんでだよと思う。彼女の無垢さを、どうして恋愛で埋めれば満足でしょって解釈したんだよ。解釈違いだよ。鈴鹿に必要なのは、人間的な成長イベントであって、恋愛イベントの増量じゃないでしょ。

 絶対にリメイク版シナリオに抗ってやる。

 戦闘バランス、設定の不具合、深掘りする場所の検討違い……もうわかっているだけでこれだけ不具合発生しているんだ。いったい本編になったらどんな不具合がやってくるかわかったもんじゃない。

 私はがっつりと握りこぶしをつくっていると。


「紅葉様、今日は遅いお帰りのようですが」


 ギクリ。私はギギギギギ……と振り返ると、目を吊り上げた維茂が、仁王立ちで立っていた。


「た、ただいま戻りました。神社で、収穫祭の稽古をしている鈴鹿に会いに行ってました」

「稽古? ああ……巫女が舞を披露するんでしたね」

「はい、今回は踊り子の利仁も一緒に披露しますので、とても華やいだ舞台になるでしょうね」

「そうでしたか……いや、失礼しました……また危ないことをするんじゃないかと」

「維茂?」


 危ないことって、この間の魑魅魍魎退治のことか? たしかにあれは危ないことだったけれど、もうひと月は経ってるのに。

 維茂はあれかな。紅葉と婚約者設定は消えたけれど、従者としては頭領の娘が徘徊するのは好きじゃないって感じなのかな。


「私、収穫祭に行きたいんですけれど、そのときは維茂も一緒にいらっしゃる?」

「いえ、自分は護衛がありますので」

「あら。それなら私はお祭りに行かない方がよろしい?」


 あれ、そういえば。

 収穫祭の話って、ファンディスクでも維茂の口からは一度も出たことがなかったなあ。一緒に踊ったことは利仁。収穫祭での後夜祭は田村丸。彼女の舞を見守っていた保昌。残りひとりの正規攻略対象はそもそも収穫祭の時期には鬼無里にいなかったからいいとして、維茂は一度としてお祭りの話してなかったんだよな。

 なんかあるのか。私はまじまじと維茂を見ると、維茂は複雑そうな顔でこちらを見た。


「いえ。むしろ紅葉様は神社にいてください。あちらのほうが安全です」

「何故? お父様は知ってらっしゃるの?」

「むしろ頭領の命令ですから。既に星詠みから預言もいただいています」


 星詠みの預言。私はぴんと背筋を伸ばした。

 つまりはあれか。巫女である鈴鹿を狙って、四神契約の旅を阻止したい連中がいるって訳か。私は言う。


「ねえ、私にできることはございますか? 私は頭領の娘です。囮にするとか……」

「本当におやめください。無茶なことは。巫女様はまだ自分で自分の身を守れるでしょうが、それ以外が巻き込まれるのはよしとしない。それはあなたも同じことでしょう」


 足手まといは、なにも聞かず、知らず、じっとしていろ。

 維茂は暗にそう言っている……わかってはいる。私は未だになにもできない役立たずで、まだ星の位置を覚えたばかりの星詠みですらないなにかだ。

 私は「ならせめて」と訴える。


「あなたが無事に帰ってこられるよう、屋敷で待っているのはどうでしょうか? 本当なら、あなただって私の侍なのですから、私が言えば屋敷に戻れるでしょうが、私はあなたに護衛の任務を続けて欲しいですから」

「それは……」

「……お願いです、私の友達を、守ってくださいね」


 私は頭を下げると、維茂はすごい勢いで狼狽えたように腰を引いた。

 そこまでひどいことは言ってないと思うけど。維茂はしばらく視線をさまよわせてから、ようやくこちらを向いた。


「……紅葉様の、仰せのままに」


 その言葉が、少しだけ私の気持ちを上向かせた。

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